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未知標  作者: 一族
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第三四五話 祭りばやし(四)

 週が明けると、全日本女子バスケットボールチームの、第三次ならびに第四次の強化合宿を終えた春菜と佳世が海の見える丘に戻ってきた。第四次合宿で遠征したスペイン土産や全日本の内定見込みなど、二人の話題は豊富だ。

 二人の勢いが一段落すると、麻弥の番である。舞い込んだイラストレーターの仕事を、誇らしげに語っている。結構ではないか。あの辛気くさい麻弥は、どこへやら、だ。鼻高々の親友を横目に、孝子は微笑を浮かべていた。全く、さすがはカラーズの「両輪」といえた。剣崎が麻弥に舞台演出への協力を要請してきたのは、実にみさとと尋道の暗躍によっていた。ついさっき、舞浜大学からの帰りしなに聞いた話である。

 孝子が真っ先に案じたのは、麻弥の今後だ。強引にねじ込んだとすれば、いずれ力不足が露呈しよう。その際の、彼女の失意、落胆を考えると寒け立ってくる。

 だが、SO101に詰めていた二人は、異口同音に、心配無用、と言い切った。

「私たちが剣崎さんにお願いしたのは、正村が落ち込み気味なんで、何か適当な仕事を振って、気を引いてくれませんか、ってだけさ」

「アニメーションを使う、という構想を、そもそもお持ちで。僕たちの打診で、一気に具体的な内容を思い付かれたそうですよ」

「グラフィックシャツで、あいつのうまさは剣崎さんもご存じだし。つながった、いける、って手をたたいてたよ。そんなわけで、大丈夫よ」

「なら、よかった」

 コーヒーを飲みながら、孝子はうなずいたものだ。

「だいたい、不毛よ。不毛。正村が寝業で郷さんに勝てるはずがないじゃん。比べちゃ駄目よ。お前もやるね、で終わっておけばいいの。launch padで、よっぽど言ってやろうかと思ったけど、言ったら言ったで奈落の底まで落ち込みそうだし、やめた」

「せっかくの気遣いだけど、それ、私が言った」

「おい」

「事実でしょう」

「まあね」

 立ち上がったみさとはコーヒーメーカーに向かった。

「先が思いやられますなあ。ある時期、カラーズは郷さんとあの子の二人だけになるかもしれないのに」

「え?」

「税理士になるためには、二年以上の実務経験が必要なんだそうですよ。その期間、斎藤さんはカラーズを離れる、という話でしょう。神宮寺さんは、司法修習ですか。あれは、一年でしたか」

「さあ」

「一年。お互い順調にいけば不在の重なる期間がある」

 当事者の認識が曖昧模糊でも、この二人がそう言うのであれば、そうなのだろう。

「分担を明確にしますかね。郷さんも面倒くさかろうよ。ちょっと本領発揮したら、そばで自信喪失するやつがいるとか」

「別に。本領とやらを発揮せずに、のほほんとしていればいいだけですので」

「え。あの子に気を使って手を抜くとか、カラーズとしては、大迷惑なんですけど?」

 カップを持って、みさとがワークデスクに戻ってきた。口をとがらせて、対面の尋道を見ている。対して、尋道は首を横に振ってみせた。

「いいえ。やるべきことはきっちりやりますよ。例えば、この間なら、重工の螺良副社長の名前なんて、出さなくてよかったんです。調べたら、渡辺原動機の車であれば大丈夫だ、とわかりました、ぐらいにとどめておけば」

「ああ。そういう。了解っす。郷さんにお任せしますわ」

「話が早いね。麻弥ちゃんだったら、でも、ごにょごにょ、って絶対に言ってるよ」

「一緒にするない。私は自分の眼力に自信があるのさ」

 今度は尋道が席を立った。コーヒーだ。抽出ボタンを押して、振り返る。

「時に、その後を僕は知らないんですが、どんな感じになってるんですか?」

「剣崎さんが言うには、イラストの仕様書があるらしくて。多面図、だったかな。顔の、前後左右、斜め、斜め上、斜め下、とにかく一人につき、たくさん描かなくちゃいけないみたいなの。練習する、って、私、写真を撮られたよ」

「大変そうね。そうなると、練習もいいけど、本ちゃんもさっさと始めたほうがよくね?」

「少なくとも、資料集めは急いだほうがよさそうですね」

 淹れたてのコーヒーを、尋道はその場でやっている。

「ほら。雪吹君が、選手の人たちの自主トレを見て回る、って話があるじゃん? そのついでに写真、撮ってきてもらったらいい」

「イラストの話を聞き付けた雪吹君が、正村さんに申し出る、という流れはどうでしょうね」

「いっそ、一緒に行かないか、って誘ってもらう? 雪吹君の車って、マニュアルでしょ。ドライブがてら、回りましょうよ、って」

 次から次へと、出てくる、出てくる。カラーズの「両輪」の知恵袋は無尽蔵か、と孝子はあきれ返ったのであった。

 そんな会話があったとはつゆ知らない麻弥の独演会は続いている。

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