第三四三話 祭りばやし(二)
午前九時五〇分に、最後の待ち人が到着した。高鷲地所のスタッフだ。薄い水色の作業服を着た男女が大型のバンを飛び出してきた。
あいさつが済むと、二人組は、直ちに動きだす。バンのバックドアを開け、二段に分けられた荷室の下段から作業台が引き出された。
「あ」
遠目にいたみさとが声を上げた。
「もしかして、launch padの……!?」
荷室の上段にはミニチュアが置かれていたのだ。
「はい。四三分の一で製作しました」
作業台の上にミニチュアを載せ終えた女性スタッフが応じた。
「どうぞ。お近くで、ご覧ください」
七人がミニチュアを取り囲んだ。四三分の一なので、間口六〇メートル強、奥行き一〇〇メートル弱が、一四〇センチ強と二一〇センチ強に縮小されている計算だ。実際の方角に合わせたとき、間口は北を走る国道に接している。東隣にサービスステーション、西隣が倉庫となる。
南北に長い長方形の土地の、北東に寄って立つ黒塗りの立方体が、ロケッツの体育館だった。側壁にはチームのロゴが大きく掲げられている。
「中は体育館棟と寮棟に分かれておりまして」
そう言いながら、男性スタッフはミニチュアの天井部分を取り外した。のぞくと、東西の向きを長方向とした横長の建物の、北側三分の二強が体育館棟、南側三分の一弱が寮棟、と引き戸を境界線にして区分けされていた。
「実は、ここも外れます」
寮棟が上から順番に外されていく。三階、二階、と、これで内部を完全に俯瞰できる形となった。凝った造作である。
まず、体育館棟だ。トレーニングルーム、大中小三つのロッカールーム、応接室、男女の化粧室が配されている。一方、三階建ての寮棟は、一階にオフィス、食堂、厨房、化粧室、洗濯室、浴室、二階には九部屋と化粧室、三階も同じ構成で寮室は計一八部屋を数える。
「面白いのが、こことここのロッカールームね」
寮棟に面して隣り合う中と小のロッカールームを美幸は指さした。
「小さいほうの壁がガラス張りになっているのは、わかる? 伊東さんは、ここを応接室として使うんだってね。ソファとかにお金は掛けたくないけど、みすぼらしい部屋にもできない。だったら、バスケチームならではの演出でごまかそう、って。それから」
次は、中程度のロッカールームだ。
「こっちは女子社員用のロッカールームにするそうよ。新鮮な気持ちで使ってもらえるんじゃないか、って。あの人、なかなかのアイデアマンね」
「男子用はないんですか?」
みさとの問いに、美幸は首を横に振った。
「寮を一室、男子社員用に開放するみたいよ。舞姫の場合は逆になるよね。男子諸君がロッカールームを使って、女子諸君は寮の部屋」
「えー。私もこのロッカールーム使いたいなあ」
「駄目よ。女子チームだし、郷本君たちに部屋を使ってもらうことはできないの」
と、美幸は寮棟一階の化粧室を示した。
「この先と二階、三階は、男子禁制にしようと思うんだけど、どう?」
この先、にあるのは洗濯室と浴室だ。
「当然の配慮かと」
尋道がうなずいた。
「不便を掛けちゃうけど、お願いね」
三〇台ほどの駐車スペースを挟んで、いよいよ舞姫の体育館である――のだが。
「こちらの中はサボらせていただきました。ロケッツさんの体育館と、ほぼ同じですので」
男性スタッフの種明かしだった。確かに、青塗りの体育館は、側壁にチームのロゴがない以外、ロケッツの体育館と完全に同一のものに見えた。
「プロが、これで足りる、と考えた施設だもの。間違いないでしょう。そっくりそのまま、いただいたわ」
美幸の補足である。
「そういえば、チームのロゴとかも、まだだったよね。アート・ディレクター、やってよ」
「……え?」
アート・ディレクターといえば、カラーズの主砲、「カラーズグラフィックT」のイラストレーターを務める麻弥を指すのだが、ぼんやりしていたようで、本人、ぽかんとしている。
「ぼちぼち考えておいて。しかし、こう見ると、駐車場が、結構、多いですね」
麻弥は話を聞いていなかった、と見て取ったのだろう。みさとは話をミニチュアに戻した。
「うん。ロケッツさん、車の保有率が高いのね。ユースチームだかの送迎で、親御さんがたくさん乗り付けてくるのもあって、できるだけ多く、がリクエストよ。舞姫の子たちも、ほら、ここ、ちょうど、駅と駅との間でしょう? 車、持つ子も多いかも、って思って」
「何台分ぐらいあります?」
「五〇ぐらい、ですね。あ。そうだ」
バンに走った男性スタッフが、手に持ってきたのはバスのミニチュアだ。黒塗りにロゴで、ロケッツのチームバスと知れた。
「実際の感じに近づけようと思いまして、これに縮尺を合わせたんですよ。うっかりしていました」
バスがミニチュアの駐車場に置かれた。全長一二メートル近い大型バスの登場で、launch padの規模が視覚的に明らかとなる。壮観に、期せずして感嘆の声しきりだ。
一人を除いて。




