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未知標  作者: 一族
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第三三四話 回転扉(二〇)

 赤柴のロンドにまつわる一騒動は、レザネフォルの静にも届いていた。一部始終に通じている麻弥が、撮影した画像とともに伝えてきたのだ。

 ロンド単独で写っているものは少なく、ほぼ全てで那美が一緒だ。妹はロンドに首ったけ、という。並んだり、抱えたり、どの画像からもはしゃぎっぷりが伝わってくる。なんと那美は「本家」の一室でロンドと一緒に寝泊まりしているとか。そんなに好きだったのか、と驚くしかない。

 しかし、かの赤柴は小早川基佳の飼い犬なのだ。全日本のアメリカ遠征に同行している基佳が戻れば、返さなくてはならない。那美は落胆するだろう。帰国したら犬を買ってやろうか、と考える静だった。

 一日、快晴の朝間に基佳がミューア邸を訪ねてきた。全日本のマネージャー、井幡由佳里に伴われてである。二人の来客はリビングに通された。

「小早川さん。今、お姉ちゃんが犬を預かってるじゃないですか。あの子って、どこで買ったんですか?」

「ああ……」

 歓談が一段落したところで静は問うた。すると、どうだ。基佳の顔が見る間に曇った。何事か、と静は目を見張った。傍らでは、アーティが井幡と語らっている。全日本は昨日までサラマンドに滞在していた。春菜が希望したプレシーズンゲーム二戦のうちの一戦、ミーティアとの試合のためだ。ちなみにもう一戦は、明日、当地レザネフォルで行われる。アーティは井幡に、サラマンドでの試合についての種々をただしているのであった。

「聞いた?」

「何を、ですか?」

「聞いてないか。もう、ぼろくそに怒られてね」

「え? 誰が?」

「私が、神宮寺さんに」

「どうして、また」

 迎え入れて間もない子犬をほっぽり出して取材に出掛けた点、世話を託したのが犬嫌いの父親だった点、これら二つを徹底的にたたかれたらしい。

「あの人、怒ると、遠慮会釈がないよね」

「はあ、まあ」

「あ。どこで買ったか、だったよね。静ちゃん、犬、買うの?」

「いえ。私じゃなくて、妹が」

 静はスマートフォンに那美とロンドのツーショットを表示させ、基佳に手渡した。

「おおー。ニコニコー」

「はい。すごく小早川さんの犬を気に入ってるみたいで。帰ったら、買ってあげようかな、って。それで、ブリーダーさんを紹介してもらおうと思ったんです」

「なるほど」

 基佳は静のスマートフォンを眺めている。いくばくかの時間が過ぎた。

「静ちゃん」

「はい」

「ロンド、もらってくれない?」

「え!?」

「妹さんとなじんでるみたいだし。あと、あの子、神宮寺さんを大好きなのね。初対面で、甘えまくっちゃって」

「へえ。でも、いいんですか?」

「よくはないんだけど、この先、きっと、似たようなことが起きると思うの。軽率だった。買う前に、もっとお父さんと真剣に話し合わなくちゃいけなかったんだ。あまり好きじゃない、っていうのは知ってたけど、あんなに苦手とは思ってなかった」

「はい」

「その点、神宮寺さんのところなら、理解のある人が何人もいるし、うちにいるよりも、ずっといいと思うんだ」

 言いながら、基佳は嘆息である。当然、好きで買ったのだ。無念、だろう。

「わかりました。お願いします。あの、お姉ちゃんには私から話します。妹が、って話にすれば、お姉ちゃんもわかってくれると思うんで」

「そう、だね。私が言うと、とんだ飼い主だな、ってまた言われそう」

 話は、ここまでとなった。アーティと井幡の間で、全日本とサラマンド・ミーティアの試合を観戦する話がまとまっていた。

「小早川さん。スマートフォンで撮ってたよね?」

「はい。でも、いいんですか?」

 最強のライバル、その中心選手に手の内を見せてもいいのか、と基佳は言っているのだ。

「構わない。アートは大事な舞姫のスポンサーさまだし。おもねらないとね」

「え……?」

「冗談よ。映像なら、ミーティアだって撮ってたよ。チェックしようと思えば、なんとでもなる。だったら、隠したって仕方がない」

 急きょの展開だ。二人がミューア邸を辞した後に、孝子に連絡を入れようと考えていたら、それどころではなくなった。もっとも、当地の昼前は日本の未明である。人の迷惑顧みずにやるわけにもいくまい。先送りにするべきだろう。

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