第三三〇話 回転扉(一六)
全日本女子バスケットボールチームの第一次強化合宿が終了した。これが午前の話で、その日の午後には神奈川舞姫のミーティングが行われた。せわしい話だが、仕方なかった。第一次と第二次の強化合宿の間は三日しかないのだ。しかも、第二次強化合宿はアメリカ遠征である。集合は前日となっているので、実際の間は二日だ。その二日のうちに参加者たちは、遠征の準備を完了させなければならない。取れる時間は、おのずと限られてくるわけだった。
会場は国立トレーニングセンター宿泊棟の研修室だ。全日本に参加している関係者に、移動の手間を取らせぬよう、みさとが中村に手配を依頼した。平日とあって、講義のある孝子と彰、教職に就く長沢の姿はない。渡米中の静と美鈴も、だ。それら以外は、全員がいる。「小早川組」の面々も出張ってきていた。
ミーティングは諸般の伝達のために行われた。重要な題目もあったので対面形式が選択された。仕切るのはみさとだ。研修室の前面に据えられたホワイトボードの前に立つ。
まず、明らかにされたのは、アーティ・ミューアによる支援だった。詳細を煮詰めている最中だが、舞姫にとって、心強いものになりそうだ。舞浜大学との産学連携も、大幅に深化される。孝子と心安い風谷涼子、斯波遼太郎が窓口となるのも好材料といえた。
二つが一気に語られ、次との合間には、舞姫のチームカラーを港町・舞浜にちなみ、マリンブルーとしたい旨がみさとから提議された。マリンブルーは舞浜大学女子バスケットボール部と同じチームカラーだ。友好の証しとして認知されるだろう、と満場一致で可決された。
最後に、本題である。みさとが引っ込み、代わって『バスケットボール・ダイアリー』誌の編集長、山寺が立ち上がった。
「請け負わせていただいていた選手獲得の件についてですが、八人、そろいましたので、これより報告させていただきます」
「おお」
中村は身を乗り出している。
「既にカラーズさんが松波さん、各務さんに協力を要請されておられたので、お二方とも図りまして、ナジョガクが二人、舞浜大も二人、うちの推薦が四人、という内訳になります」
山寺はホワイトボードに八人の名前とプロフィールを書き出し始めた。並びは年齢の降順となっている。
エヌテックポインターズに所属していた栗栖万里と鹿鳴製鋼リーベラに所属していた後藤田睦実、この両者が美鈴と並んで最年長タイの二三歳である。
竹内美帆と安住美樹は、舞浜大学女子バスケットボール部に籍を置く二二歳だ。
元SSCアイギスの諏訪昌己、元国府電気ハーモニーズの青山多恵は、前者が二一歳、後者が二〇歳で、これは諏訪が春菜、青山が静と同い年に当たる。
最後に、那古野女学院高の黒瀬真中と香取優衣、この一八歳コンビだった。
なお、舞姫の継承元であるみかん銀行シャイニング・サンから移籍してくる選手はいない。
「ハルちゃん。この中で、知ってる人って、誰? 竹内さんと安住さんは当然として、他にいる?」
「全員、わかりますよ」
みさとの問いに春菜はうなずいてみせた。
「黒瀬と香取は、三歳差なので、同じ体育館でやってます。実業団の人たちも対戦した記憶がありますよ。全員、まあまあ、ですね」
要するに、めぼしい選手は見当たらない、と春菜は言っているのだ。
「山寺さん」
「うん」
「実業団の方たちは、もう会社も?」
「いや。退団しただけで、会社には残っている。施設の使用許可は取っているので、当面は自主トレだね」
「中村さん。ご多忙中とは思いますが、四人用のメニューを組んでいただけませんか」
「うむ。任せてくれ」
「仕上がりのチェックは、雪吹君に巡回してもらいましょう。夏が終わったら私も加わります」
「私も可能な限り動こう」
「お願いします」
「素晴らしい」
山寺が感に堪えないように言った。
「早速、その方向で、各チームには話を通しておきますよ。栗栖も後藤田も、諏訪も青山も、誌面で割と推した子たちなんですよ。最終的には、本人の素質や意識によるところが多い、というのは否定できません。しかし、チームとの相性も、少なからずあった気がしますよ。まだまだやれる、と思う。実は、舞姫さんでなら、四人をよみがえらせてくれるんじゃないか、なんて期待も、あって、推挙させていただいた次第でして」
「いけます。皆、私がアンダーのヘッドコーチだったときに見た子たちだ。四人のいたチームには、じだんだを踏んでもらいますよ」
悠然と構えた神奈川舞姫ヘッドコーチ、中村の言であった。
名簿が了承されたところで、再び、みさとの出番だ。今後の大まかなスケジュールが示された。舞姫の本格的な始動は来年度から、となる。拠点、launch padが、その前後に完成するのだ。所属が内定した選手たちがそろうのも、同じ時期だ。妥当、といえた。




