第三二九話 回転扉(一五)
舞浜大学千鶴キャンパスの学生協同組合北ショップは閉店間際だ。孝子、風谷涼子、斯波遼太郎の三人は閉店準備に忙しい。孝子と斯波が店内の整理、清掃に駆け回って、涼子は業務日誌に向かっている。
「そうだ。日曜日に、ね。亀ヶ淵のホームセンターを見てきたよ」
おおかた片付いたのだろう。涼子は顔を上げておしゃべりを始めた。神奈川舞姫の話題を、ぽつぽつ語っていた孝子だ。その中には、亀ヶ淵に建設を予定しているlaunch padの関するものもあった。
「わざわざ、あんな田舎に?」
孝子はほこり取りを扱う手を手を止めた。
「長船モールに行くついでよ。行ったことなくて、そのうち、って話になってたの」
黙々とモップで床を拭いている斯波を見た。気付いた彼は、にやり、だ。
「やっぱりデートでしたか。もしや、怒濤ののろけを聞かされる、とか?」
「小娘。黙って掃除をしな」
孝子はにんまりだ。前期が開始して、はや一〇日余りが過ぎていた。アルバイトの再開からも一〇日余りで、掛け合いの呼吸も戻ったころである。
「声を掛けておいて、なんですか、その態度は。斯波さん。彼女さんの教育がなっていませんよ」
「孝ちゃん」
「はい」
「この取組なら、僕は涼ちゃんに付く」
「あーあ。二人がかりで年下をいたぶって何が面白いんだろう」
くっく、と涼子が喉の奥を鳴らした。
「二人とも、これまで出無精だったのね。大抵は近場で済ませて。車もあるんだし、少しは動きましょう、って、せっせと出歩いてるの」
「はい」
「それはそうと、ホームセンター、もう解体が始まってたね」
「そうなんですか。結局、閉店が決まった、って聞いた後も行かなかったなあ」
亀ヶ淵のホームセンターことライフパートナーDUOは、前年度末で閉店している。
「そこそこ広いし、体育館も、寮も、結構な規模になりそうだね」
「そうですね」
「すごいよね。春休みが明けたら、孝ちゃんたちがバスケのチームを持つ話になっていて」
みかん銀行シャイニング・サン継承は、大学が春季休暇に入った二月の頭に生じた一事だった。二カ月強しかたってはいない。
「驚くのは、これからですよ」
「何か動きがあるの?」
「発表は、少し先になると思いますけど、アートもスポンサーになってくれるんですよ」
渡米した静が語り、舞姫の進捗具合はアーティの知るところとなった。即日、国際電話である。
「てめえ、金を出してやる、って伝えてただろうが。なんで、連絡してこないんだ、って。怒る、怒る」
「それで、どーん、と?」
「いえ。うるせー、必要になったら頼む、って言っただろうが。そこまで話が進んでねえんだよ、と私が言い返しまして」
言い返した、というよりは、キレ返した、のほうが状況をよりよく表現した言葉であったろうが、わざわざ自分の印象を悪くする必要はない。
「じゃあ、留保の状態なんだ」
「はい」
「発表されたら、ますます話題になるね。出始めとしては、うまくいってるんじゃないの?」
「そう、思いたいですね。大きなバックのないチームなので、一にも二にも話題です」
「大きな波になりそうな気がするね。舞姫が手の届かない存在になる前に大学を動かしたいな」
モップ掛けを終えた斯波が会話に交ざってきた。
「舞浜大学とは産学連携で、既によしみを通じてますけど、それ以上に?」
「各務さんを窓口に、ちょこっと手を貸してやる、程度でしょう? 足りないな。ユニフォームにスポンサーとして名前を入れるとか。もっと、こう、がっつり手を組みたいね。舞姫は成功する、と思うんだよ」
冗談めかして言っている感じはしない。斯波は、至って真面目な表情なのだ。
「外部の方に評価されるのは心強いですね。じゃあ、斯波さん。ユニフォームの前は空けて待ってます」
「お願いするよ」
「いいなあ」
机の上をてきぱき片付けながら、涼子はため息をついている。
「楽しそうで。話が大き過ぎて、パーチェシング・マネージャーの出る幕なしだよ」
「舞姫も学協を使うようにしましょうか?」
「いいね。この際、カラーズと舞姫には、うちの学協の正式な組合員になってもらおう。担当は気心の知れた風谷を、って指名してもらえれば涼ちゃんにも箔が付く」
「いいですね!」
願ってもない提案だった。年長の、清潔感あふれる美女と美男子。剛と柔の組み合わせ。付かず離れずの絶妙な距離感。全てが孝子の気に染む、大好きな二人である。舞姫を介して涼子と斯波との交友を維持できるとは、なんともやる気が出てくるではないか。純粋な私情によって、孝子は舞浜大学との関係強化を決意したのであった。




