第三二話 春風に吹かれて(一五)
春菜は早速、海の見える丘に現れた。勧誘の、実に翌日だ。
「あっちの部屋は、どうするんだ?」
「さあ。親が適当にやってくれるんじゃないですか」
「いいかげんだな」
「契約してるのは、父なので」
「勝手に決めて、って怒られなかったか……?」
「いえ。お前には絶対に一人暮らしなんて無理、って散々、言われてましたので。優しいお姉さま方に誘っていただいた、って言ったら、心底、喜ばれました」
週が明けると、孝子に宛てて大玉のメロンが四つも届いた。差出人は「北崎達樹」とある。
「父です。うちはメロン農家なんですよ」
同封されていた礼状に目を通しながら、そういえば神宮寺家にも送ってくれたことがあった、と孝子は思い出していた。
「高そう……。いくらぐらいするんだ?」
「詳しくは知りませんが、大きさも、模様も、申し分なさそうですし、二、三万ぐらいじゃないですか?」
「そんな高いものを送ってくれたのか!?」
「……それだけ、親御さんも安心したんでしょう。はい」
孝子は読み終わった礼状を麻弥に渡した。
「何が書いてありました?」
「ありました。誘ってもらって、本当に安心した、って」
「自分で言うのもなんですけど、横着ですし。仕方ないですね」
「お前って、将来は農家を継ぐの? こういうの、すごく手間暇かかるんだろ?」
礼状から目を上げた麻弥が言った。
「継ぎません。父にはお弟子さんがいます。最終的には全て受け継いでもらう予定です。私では、必ず家業を傾けます」
一人暮らし時代の具合を知っている孝子と麻弥とすると、いくら宣誓があっても、口うるさくならない程度の干渉は必要だろう、との予想だった。しかし、合流してからの春菜は実にまめまめしく日々を送り、二人を感心させたのだ。例えば、朝も食事の時間には、きちんとした身なりで顔を見せる。
食事といえば、春菜を迎えたことによる孝子と麻弥の食環境の変化は、ほとんどなかった。春菜が和食主体の二人の食事を礼賛したのだ。
「和食はバランスがいいんです。脂質は少なくて、タンパク質が多くて。スポーツをやっている人にはうってつけですよ」
「それはいいけど、お前、足りてるか?」
新たに主食となった雑穀米の量こそ多いが、それ以外の主菜、副菜の量は、二人と大差ないが、と麻弥は言っているのだ。
「一回は、そんなに多くなくていいんです。その代わり、回数を増やすんです。高校のときはやっていたんですよ。こっちでは、ちょっとできてなかったんですけど」
「一日に何食いくんだ?」
「高校のころは、通常の食事と、それぞれの食間にプラス寝る前の、計六回ですね」
「え、そんなに……?」
「ここしばらくはトレーニングの強度もそれほどではなかったので、一日三食にしてたんですが、そのうち面倒で朝を抜くようになったら、しぼんでしまって。それを正村さんに見つかって、叱られた、という次第です」
でも、と春菜は続けた。
「そのおかげで、こうやってお二人に拾っていただけたんですから、けがの功名でしたね」
「食事の回数は戻していくんだろ?」
「はい。こういう環境をつくっていただいたのに、だらけてたら、お二人に申し訳が立ちません」
「お弁当の数を増やす感じ?」
現在、毎朝のキッチンでは三つの弁当がこしらえられている。元々、弁当だった孝子に加えて春菜も弁当を希望し、買い食い派だった麻弥も弁当派に合流したのだ。
「いえ。食間に取るのは、おむすびとかパンとか、軽食ですね。食事に使える時間が、講義の合間の休憩時間しかありませんし」
「あ、そうか。じゃあ、おむすびやサンドイッチにして、具を工夫したらいいかな?」
「理想的です。……でも、そんなにしていただいて、いいんでしょうか。どうやってお返ししたらいいのか、ちょっと思い付かないですよ」
「別に、いらないよ。おかえしなんて」
言った直後に、麻弥の頬が、わずかに赤らんだ。
「……どうしたの?」
「……いや。これは、さすがに厚かましいな、って」
「なんでしょう?」
さらに麻弥の顔の赤は、その強度を高める。
「メロン。また送ってもらえたら、うれしいかな。あんなにうまいの食べたの、初めてだったから……」
「本当に厚かましい」
「うるさい」
「いくらでも送らせます。そんなの、お安いご用ですよ」
たまにでいい、と言いながら麻弥は笑み崩れている。先に送られてきたメロンの半分を平らげたのは、そういえば麻弥である。




