表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未知標  作者: 一族
33/744

第三二話 春風に吹かれて(一五)

 春菜は早速、海の見える丘に現れた。勧誘の、実に翌日だ。

「あっちの部屋は、どうするんだ?」

「さあ。親が適当にやってくれるんじゃないですか」

「いいかげんだな」

「契約してるのは、父なので」

「勝手に決めて、って怒られなかったか……?」

「いえ。お前には絶対に一人暮らしなんて無理、って散々、言われてましたので。優しいお姉さま方に誘っていただいた、って言ったら、心底、喜ばれました」

 週が明けると、孝子に宛てて大玉のメロンが四つも届いた。差出人は「北崎達樹(たつき)」とある。

「父です。うちはメロン農家なんですよ」

 同封されていた礼状に目を通しながら、そういえば神宮寺家にも送ってくれたことがあった、と孝子は思い出していた。

「高そう……。いくらぐらいするんだ?」

「詳しくは知りませんが、大きさも、模様も、申し分なさそうですし、二、三万ぐらいじゃないですか?」

「そんな高いものを送ってくれたのか!?」

「……それだけ、親御さんも安心したんでしょう。はい」

 孝子は読み終わった礼状を麻弥に渡した。

「何が書いてありました?」

「ありました。誘ってもらって、本当に安心した、って」

「自分で言うのもなんですけど、横着ですし。仕方ないですね」

「お前って、将来は農家を継ぐの? こういうの、すごく手間暇かかるんだろ?」

 礼状から目を上げた麻弥が言った。

「継ぎません。父にはお弟子さんがいます。最終的には全て受け継いでもらう予定です。私では、必ず家業を傾けます」

 一人暮らし時代の具合を知っている孝子と麻弥とすると、いくら宣誓があっても、口うるさくならない程度の干渉は必要だろう、との予想だった。しかし、合流してからの春菜は実にまめまめしく日々を送り、二人を感心させたのだ。例えば、朝も食事の時間には、きちんとした身なりで顔を見せる。

 食事といえば、春菜を迎えたことによる孝子と麻弥の食環境の変化は、ほとんどなかった。春菜が和食主体の二人の食事を礼賛したのだ。

「和食はバランスがいいんです。脂質は少なくて、タンパク質が多くて。スポーツをやっている人にはうってつけですよ」

「それはいいけど、お前、足りてるか?」

 新たに主食となった雑穀米の量こそ多いが、それ以外の主菜、副菜の量は、二人と大差ないが、と麻弥は言っているのだ。

「一回は、そんなに多くなくていいんです。その代わり、回数を増やすんです。高校のときはやっていたんですよ。こっちでは、ちょっとできてなかったんですけど」

「一日に何食いくんだ?」

「高校のころは、通常の食事と、それぞれの食間にプラス寝る前の、計六回ですね」

「え、そんなに……?」

「ここしばらくはトレーニングの強度もそれほどではなかったので、一日三食にしてたんですが、そのうち面倒で朝を抜くようになったら、しぼんでしまって。それを正村さんに見つかって、叱られた、という次第です」

 でも、と春菜は続けた。

「そのおかげで、こうやってお二人に拾っていただけたんですから、けがの功名でしたね」

「食事の回数は戻していくんだろ?」

「はい。こういう環境をつくっていただいたのに、だらけてたら、お二人に申し訳が立ちません」

「お弁当の数を増やす感じ?」

 現在、毎朝のキッチンでは三つの弁当がこしらえられている。元々、弁当だった孝子に加えて春菜も弁当を希望し、買い食い派だった麻弥も弁当派に合流したのだ。

「いえ。食間に取るのは、おむすびとかパンとか、軽食ですね。食事に使える時間が、講義の合間の休憩時間しかありませんし」

「あ、そうか。じゃあ、おむすびやサンドイッチにして、具を工夫したらいいかな?」

「理想的です。……でも、そんなにしていただいて、いいんでしょうか。どうやってお返ししたらいいのか、ちょっと思い付かないですよ」

「別に、いらないよ。おかえしなんて」

 言った直後に、麻弥の頬が、わずかに赤らんだ。

「……どうしたの?」

「……いや。これは、さすがに厚かましいな、って」

「なんでしょう?」

 さらに麻弥の顔の赤は、その強度を高める。

「メロン。また送ってもらえたら、うれしいかな。あんなにうまいの食べたの、初めてだったから……」

「本当に厚かましい」

「うるさい」

「いくらでも送らせます。そんなの、お安いご用ですよ」

 たまにでいい、と言いながら麻弥は笑み崩れている。先に送られてきたメロンの半分を平らげたのは、そういえば麻弥である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ