第三二五話 回転扉(一一)
プレミアムゲートトウキョウの敷地に入ると、すぐに目に入ってきた。建物の前に立つ二人は、か細い長身と、その三倍の体積はあろうかという巨躯の組み合わせだ。
「おう。来た、来た。悪いね。急に呼び出しちゃって」
倫世が車に駆け寄ってきた。後ろには、のっそり川相が付き従っている。
「本当だよ。せめて、もう少し前に連絡しろ」
幼なじみの対決が終わると尋道が進み出た。
「初めまして。カラーズの郷本です。日本での雑事は僕が引き受けました。アメリカでのご活躍を祈念しています。では、これで」
「ちょっと。郷本氏」
立ち去ろうとした尋道を倫世が止めた。
「田村さん、結婚されたことさえ神宮寺さんに伝えてなかったでしょう。積もる話を、どうぞ。お邪魔はしません」
「別に、そんなの、ないよ。私の結婚なんか、こいつ、興味ないだろうな、って思って言ってないんだし」
「うん。まあ、知った以上は、おめでとう」
「ありがと。そういうわけさ。郷本氏も寄ってって。ゴリラの正式なカラーズ所属の話もあるし。こいつじゃ、何もわからないでしょ?」
ちらりと倫世は孝子を見た。
「うん。全く」
「決まり。逃さない、ぞ、と」
倫世は尋道の手を絡め取った。尋道は天を仰いでいる。
建物の中に導かれた孝子と尋道は、二人が借りているラウンジに案内された。全てが大作りの、大層な一室である。
「おお。いい眺め」
孝子は一面ガラス張りの窓際に立った。ターミナルビルの端は、すなわち滑走路の直近だ。間近に駐機している飛行機が見える。
「そこの飛行機が私たちの乗っていくやつ」
隣に立った倫世が指をさした。
「小さい?」
「うん。ビジネスジェットだしね。一〇人ちょっとしか乗れない。中、見てみる? 私たちも、さっき、見たんだけど、すごかったよ」
「私が乗る機会なんて、多分、一生ないし、いい」
「シアルスに来るときには手配してあげるよ」
「行かないし、いい。ああ。川相さん。西海岸、って言ってたけど、シアルスになったんだ」
振り返ると、白いソファにふんぞり返っていた川相が手を上げた。
「ああ。条件が他と違い過ぎた」
「あの飛行機は川相さんが手配したの? それとも、シアルスのチーム?」
「シアルス。契約の中に入ってる。行き来は必ずビジネスジェットだ」
「大物ー。郷本君、こんな人、カラーズに入れて、大丈夫?」
所在なげにソファに腰掛けていた尋道が孝子を見た。
「問い合わせがあれば、『アラン・ロウ・コーポレーション』の連絡先を貼り付けて、返信するだけですよ」
アラン・ロウは川相が契約するエージェントの名だ。
「漏れ聞くところのお人柄を考えても、忙しくはならないでしょう」
「そういう人が、たむりんにだけは優しい、っていうのは、なんだか、いいね」
川相の正面のソファに孝子はふんぞり返った。
「ぞっこんほれてるんだ」
「お前、専門学校に行ってたらしいけど、何をやってたの?」
今度は、川相の隣で、これもふんぞり返っている倫世だ。
「スポーツ栄養学のエキスパートコース。ほれ。静が世話になってるエディ・シニアの奥さんって、野球界じゃ、すごい有名な人なのよ」
「らしいね」
「あんな感じになりたくって。目標は、ゴリラが稼いだ金の半分は私のおかげ、って言われることなんだ」
「たむりんならできるよ」
「神宮寺さん」
柄の悪い三人とは一線を画し、泰然と座していた尋道だ。
「これは、川相さんだけではなくて、未来のスポーツ栄養学の大家とも、よしみを結んでおくべきではないですか。舞姫の寮の食事を監修していただくとか」
「舞姫?」
倫世が孝子に自らの結婚を伝えていなかったように、孝子もまた倫世には舞姫にまつわる話を、一切、伝えていなかった。
「すごいチャレンジ、やってるな!」
概要を大まかに聞いた倫世は驚倒している。
「えー。いいよ。監修でも、なんでも、やるよ。任せて。……へえ。この年になって、おかみと一緒に何かをやれるなんて思わなかった。うれしいな」
「私も」
感激をあらわにしている幼なじみを見て、孝子も心からうなずいていた。
この後、川相がスポンサーを買って出たり、倫世をカラーズに迎えての「Colours of Sealth」設立を尋道が提案したり、といった心弾む会話は、飛行機が離陸する直前まで続いたのだった。




