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未知標  作者: 一族
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第三二四話 回転扉(一〇)

 三月も末に近づく中、SO101ではカラーズのミーティングが行われていた。参加者はいつもの四人に加え、春菜、美鈴、基佳、彰、中村、長沢、井幡ときて、静、景、佳世まで顔を見せた。この日、「中村塾」は休みであった。そのせいで、いつぞや美鈴のデビュー戦を見るため同所に集結した一二人を超えた、入室者の新記録が達成だ。

 みさと、中村、長沢といったあたりを中心に議論が白熱している手前、あからさまな態度は取れぬが、孝子は帰りたくなっている。出る幕はなく、何より、あまりにも密集し過ぎだった。人いきれがする。

 どういう口実で逃げ出すか、と考えているうちに思い付いた。電話がかかってきた体にしよう。スマートフォンの扱いがぞんざいで、めったに応答しない孝子も、たまには、気付くことだってある。これだ。

 孝子はスマートフォンを取りだした。と、着信だ。なんというタイミングであろう。相手は幼なじみの田村倫世だった。でかした、と胸中で喝采だ。わざとらしくスマートフォンを掲げて孝子はSO101を出た。

「おう。いいタイミングでかけてきたな」

「どうした?」

「今、カラーズのミーティングだったんだけど、暇で、暇で」

「お役に立てて何より。で、今、さ。東京空港。ビジネスジェット専用のゲートにいるの。わかる?」

「わからない」

「国際線のターミナルビルの端っこ。今日の夕方、ゴリラと一緒にアメリカに行くんだけど、時間まで暇なんだ。おしゃべりとしゃれ込まない?」

 倫世の彼氏の、ゴリラこと川相一輝は、野球で名の知れた男だ。アメリカプロ野球への参加を公言する彼に、倫世も同行する、と聞いていた。その時が訪れたらしい。

「お。川相さん、いよいよなんだ。行くよ。脱出のいい口実になるしね」

「そうだ。カラーズのミーティングって言ってたな。郷本氏もいる?」

「いる」

「引っ張ってきて。改めて、あいさつしておきたい」

 倫世は、川相が現在の所属先である高鷲重工に対して、退職後も謝意を抱いているふうを装いたい、と考えていた。どうしようもない朴念仁の川相だ。彼の無作法で二人の母校、福岡海道高の後輩たちが重工に忌避される事態の起きぬようにしたい、というのである。渡米する自分の協力者となるよう要請された孝子が、より適任、と推薦したのが尋道であった。

「あの人、気にしないよ」

「そういうわけにもいかないだろ。よろしくね。近くに来たら電話して。出迎えてやるわ」

 電話を終えた孝子はSO101に戻った。

「郷本君。倫世が来てるんだけど、あいさつしたい、って。一緒に来てくれる?」

「すぐに?」

「うん。夕方には向こうに行っちゃうって」

「わかりました。マネジメントのほうで、お声が掛かりましたので、僕は、これで。神宮寺さん。急ぎましょう。夕方なら時間がないです

 まだ正午にもなっていないが、尋道は言うなり立ち上がって、さっさとSO101を出ていってしまう。

「じゃあ、私も、送るんで」

「孝子。倫世、って、田村?」

 麻弥の問いに孝子はうなずいた。

「そう」

「あいつが郷本に、なんの用なの?」

「神宮寺さん」

 SO101の扉が開き、尋道が顔をのぞかせた。

「急いでください」

「はあい。麻弥ちゃん、後で」

 廊下を歩く尋道の足の運びは、速い、速い。

「そんなに急ぐ必要ある?」

 尋道は早くもインキュベーションオフィスを出ようとしていた。孝子はあきれて、その背に声を掛けた。

「川相さんも一緒でしょう。小早川さんが知ったら付いてきますよ。あの人の去就、相当、注目されてますから。僕も、田村さんのあいさつだけ受けたら、すぐに引き上げますので、県人同士、親睦を深めてください」

 尋道一流の心遣いだったわけか。納得した孝子は小走りで尋道を追った。

「郷本君。二人、東京空港のビジネスジェット専用ゲートにいるらしいの。場所を調べてくれる?」

 車に乗り込んだところで孝子は尋道に頼んだ。

「わかりました」

 尋道はスマートフォンを取り出して画面に目を落とす。横目に見ながら孝子は車を発進させた。

 やがて、

「『プレミアムゲートトウキョウ』というんですね。専用の駐車場があります。国際線の駐車場は飛ばして、次の信号で曲がってください」

 調査結果が出た。

「はい」

「混乱を避けたんでしょう。もうシーズンも始まるのに、川相はいつアメリカに行くんだ、って野球界は大騒ぎみたいですし」

「アメリカのシーズンって、いつ始まるの?」

「三月三一日から順次」

「すぐじゃない」

「不思議な方ですよね」

「誰が」

「川相さんです。北崎さんに通ずるものがある気がしますよ。度が過ぎた天才は、ああいう感じに収束するんでしょうかね」

 何を言っているのだ。この男は。川相だ、天才だ、と。

「もしかして、神宮寺さん。川相さんが、今の今まで日本にいた理由を、ご存じないんですか?」

 孝子の反応で、妙な、と彼も気付いたようだ。

「どうして私が川相さんの都合なんて知っていると思うの」

「それは、田村さんに」

「今日の電話で、久しぶりに声を聞いた」

「お二人とも、さっぱりした方だと思ってはいましたが、交流も、さっぱりとされているんですね」

 孝子はうなずいた。淡泊な交わりこそ、幼少期より変化のない、二人の流儀だった。

「川相さんは田村さんが専門学校の講座を修了するのを待ってたんですよ。一緒に行こう、って。キャンプとか、オープン戦とか、全部、無視して」

「ああ。自分にだけは優しい、って言ってたなあ。でも、よく話してるね。私、全然、あいつの動向とか、知らなかったのに」

 なぜか、尋道は沈黙だ。しかも、長い。

「もしかして、とは思うんですが。僕、さっきから、田村さん、と言ってますけど、実は、もう川相倫世さんになっている、のは……?」

「あいつ、結婚したの?」

「これ以上、しゃべりません」

 宣言どおり、尋道は東京空港の国際線ターミナルビル端にある、プレミアムゲートトウキョウに到着するまで、黙して語らずを貫いたのだった。

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