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未知標  作者: 一族
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第三二三話 回転扉(九)

「中村塾」の帰国から三日がたった。このころになると、舞浜ケーブルテレビが配信した動画によって、オーストラリア代表との一戦は周知の事実となっていた。これを受けて、重工体育館には大挙してジャーナリストたちが押し寄せてきた。圧倒的な試合内容に加え、脇を固めるエピソードの豊富さも助けとなり、ちょっとした「中村塾」ブームが到来した感もあった。

 やはり、北崎春菜だ。オーストラリアで発揮した特異な言動で、注目度はナンバーワンである。だが、ジャーナリストたちの大多数は、春菜の肉声すら聞くことができなかった。黙殺されるのだ。知る人ぞ知る春菜の傍若無人ぶりだった。

 そんな中で、唯一、取材に応じてもらえているのは、もちろん、基佳だ。敬愛する孝子の友人であり、カラーズの協力者でもある基佳には春菜も腰が低い。

 周囲のジャーナリストたちの反応は二つに分かれた。なぜ彼女だけに、と不平を鳴らす派と、基佳を取り込もうとする派である。前者が中村やスタッフに、やいのやいのと迫るのを尻目に、後者で最速かつ大胆な動きを見せたのは『バスケットボール・ダイアリー』誌と日本放送公社だった。

『バスケットボール・ダイアリー』誌は編集長の山寺が、春菜の所属するカラーズと深い関係を結んでいる。カラーズの新事業、バスケットボールチームの運営にも協力するほどの仲だ。そこについてだけは春菜も山寺との会話をいとわない。が、自分については、途端に貝になってしまう。正攻法での攻略は困難を極める。カラーズの構成員の、つまり、春菜の仲間の、あの女性を頼ってみよう、というのだ。

 一方の日本放送公社は、取材チームが基佳を見知っていた。舞浜F.C.のキャンプを取材した際に見掛けた、あの奥村紳一郎を手なずける謎の女として、だ。彼女には珍獣使いの気があるのではないか。使ってみては、どうか、と考えた。

 両者は基佳が所属予定の舞浜ケーブルテレビで鉢合わせをした。そして、舞浜ケーブルテレビを交えた話し合いの結果、対北崎春菜、加えて日本放送公社の要望で対奥村紳一郎、この難敵たちへの取材活動を三者は協力して行う、という協定が結ばれたのだった。顔役の名字を取って「小早川組」と呼ばれる組織の誕生である。

 三者の提携を知らされた基佳は驚喜した。父親、恋人、そして、親友に対して「小早川組」を盛大に吹いて回る。

 しかし、基佳、吹聴の後で真っ青になった。引っ越しだ。三年までに大学の単位を取り終え、年度替わりと同時に自宅暮らしを始める計画だったのだ。このうち前者は滞りなく完了している。問題は後者である。寮の片付けが全く手付かずだった。カラーズ、「中村塾」、既にシーズンが開幕している舞浜F.C.、これらの取材にかまけ過ぎた。寮には三月末で退去する旨の届け出を提出済みだ。残り一週間を切っている。危機的状況といっていい。

「手伝いましょうか?」

 新たな友人の申し出に基佳は飛び付いた。発言の主は斎藤みさとだ。

「荷物は多いんです?」

「いえ。全然、少ないです。ただ、自分だけでできると思って、業者を頼んでなくて」

「おっちょこちょいですなあ」

「それと……」

「他にも、何か?」

 取材活動に穴をあけたくないので、そうすると動けるのは今日ぐらいしかないのだが、と言うとみさとは失笑だ。

「その貴重なはずの一日に、どうしてここにいるんです?」

 二人が顔を合わせているのは重工体育館のアリーナである。

「え。いや、取材。でも、比較的、重要度が低いっていったら、今日かな、って」

 舞浜F.C.の試合。

 全日本女子バスケットボールチームの始動ミーティング。

「小早川組」の初会合。

「中村塾」の閉塾式。

 どれも外せない。

「わかりました。行きましょう」

「あ。車がいる」

「うちの車が、まあまあ大きめのワゴンなんですけど、足ります?」

「いけると思う」

 一時間がたち、東京都桜田区桜田の桜田国際学生寮四階A1号室には、みさとの絶叫が響いている。

「ちょっとー! 何が、いける、ですか! 全然、いけないじゃないですか!」

 基佳の荷物は、全然、少なくなかった。みさとが借り受けてきた父親の車は大型のワゴンだ。後部座席を畳めば相当の収納力を発揮する車種である。それでも、とても足りそうにない。

「段ボールすらないし。桜田者、ぽんこつ過ぎるでしょう。これ、今日だけじゃ済まないかもですよ」

「困る」

「自業自得」

 言い放って、みさとはスマートフォンを取り出すと、どこやらへと発信した。

「おいーっす。早速だけど、暇? 今ね、小早川ぽんこつ子さんの寮に来てるの。引っ越しの手伝い。今日中に済ませたいらしいんだけど、間に合いそうにないんだ。来て」

 口ぶりからいって、孝子か、麻弥か。待っていると、交渉が終わったようで、みさとがスマートフォンをしまった。

「神宮寺さん……?」

「あの子に電話かけたって、まず出ないでしょうよ。正村です。神宮寺も来るみたいですけど」

 二人は援軍を待つ間に荷物の小分けを始めた。依頼した段ボールの到着とともに荷造りを行えるようにである。

 さらに一時間がたったところで、みさとに電話がかかってきた。援軍が到着したようだ。室内をみさとに任せて基佳は自室を出た。

 孝子と麻弥は、みさとも車をとめた寮至近のコインパーキングにいた。青い車のそばに立って、二人とも両手には大きなビニール袋を提げている。

「ぽっさん。後で払ってよ」

 いきなり孝子の一撃である。

「ぽっさん、って……?」

「ぽんこつなもっさん、略して、ぽっさん」

「ひどい!」

 そういえば、斎藤みさとは最初の電話で「ぽんこつ」を連呼していた。麻弥を経由して孝子にも伝わったのだろう。

「それにしても、大荷物だね」

 孝子と麻弥の手から一つずつビニール袋を取って基佳は言った。

「誰のせいだ。行くぞ、ぽんこつ子」

 結局、この日、基佳は一日中、ぽんこつ、ぽんこつ、と言われっ放しだった。どうせ用意はない、と掃除用具を買いそろえてきた孝子に、見事、先見の明を誇らせる醜態までさらしたのだ。なんと言われようとも、仕方がなかった。

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