第三二一話 回転扉(七)
午前八時、「中村塾」とオーストラリア代表の試合がティップオフだ。
「中村塾」は、この五人が出る。
アシストとスティールでLBAを席巻した、背番号「12」、ポイントガード、神宮寺静。
破壊的な得点力を誇る「神話的」シューター、背番号「11」、シューティングガード、市井美鈴。
「至上の天才」、背番号「9」、スモールフォワード、北崎春菜。
オールラウンダー、背番号「6」、パワーフォワード、武藤瞳。
守備の要、背番号「4」、センター、広山真穂。
攻守のバランスが抜群で、ほぼ確定した、と見なされている最強のセットである。
対するオーストラリア代表は、二〇一センチのレイチェル・コックスを筆頭に、一九〇センチ以上を七人そろえた超大型チームだ。スターティングメンバーの全員がLBAプレーヤーでもある。世界二位は、だてではない、といったところか。戦前に春菜がぶち上げたようには、なるはずのない相手だ。誰しもがそう思っていただろう。
ティップオフを制してオーストラリア代表が保持したボールに、静が猛然と迫った。LBAでスティール王となったディフェンスの達者に詰め寄られ、前に進めなくなったオーストラリア代表のプレーヤーは、静の頭越しにボールを味方に放った。
しかし、これは春菜が読んでいた。カットしたボールを、ぽーん、と前に放ると、静が追い付いてイージーなシュートになった。二対〇。
また静がボールに迫る。今度はスティールした。外で待っていた美鈴に回して、スリーポイントシュートが決まった。五対〇。
ちょこまかと動き回る静のせいで、オーストラリア代表は思うようにボールを回せない。そうこうするうちに、美鈴、瞳、美鈴、この順にスリーポイントシュートが決まる。一四対〇。
ここまでで試合は決した感があった。開始二分で一四対〇と先行されたオーストラリア代表が戦意を喪失したのだ。オーストラリア代表は既に「ユニバーサルゲームズ」の出場権を確保している。この一戦に懸けるものはなく、点差が開いた時点で早々に諦めたのも無理からぬことではあったろう。
「練習試合は難しいですね」
いつの間にか孝子たちのそばに来ていた山寺がつぶやいた。
「往々にして、こうなりますね。特に、オーストラリアのスタメンは、歴戦過ぎて、見切りが早い、早い」
「やっぱり、トーナメントじゃないと?」
みさとが問うた。
「ええ。それも、ユニバースか、世界選手権の、決勝トーナメントですね。この二大タイトルぐらいにならないと死に物狂いになりませんよ。オーストラリアの高さを、どうさばいていくのかを見てみたかったんですがね。……本当に勝手を言わせてもらえるなら、最初はちょっと競るぐらいにしたらよかったのかもしれません」
「そんな言葉が専門家の口をついて出ちゃうんだ。これは『中村塾』の強さ、本物、ですか?」
「本物です」
第一クオーターの終了時点でスコアは四〇対九となった。最終的には一〇五対五三だ。世界二位相手に、堂々の圧勝と称していい。半年にわたって磨き上げてきた攻守の連携が、試合を完全に支配したのだった。人も、ボールも、とにかくよく動く。対応できず、オーストラリア代表は、終始、きりきり舞いのし通しであった。
テレビの中では小早川キャスターが、試合後のインタビューに駆けずり回っている。中村、広山、美鈴と前向きな人たちが前向きな言葉で試合を総括し、ある意味において一番の注目の人、春菜の番がきた。
「駄目でしたね」
開口一番に、これである。
「駄目……?」
「はい。オーストラリアが途中で諦めたので、駄目です。さすがプロフェッショナルは無駄なことをしませんね。これでは、あのオーストラリアが相手だったら、私たちだって、同じくらい取れる、なんて勘違いされたでしょう」
「はあ……」
「アメリカがよかったですね。美鈴さんと静さんにお願いしてもらえば、少なくとも、シェリル、アリソン、アーティあたりは本気で相手をしてくれたでしょうに。うまくいきません。小早川さん。お疲れさまでした。それでは失礼します」
基佳にはほとんどしゃべらせず、春菜は去っていった。重工体育館のカフェラウンジでは孝子が大笑している。
ほうけた様子の基佳だったが、気を取り直したのだろう。なんと、引き揚げにかかっていたオーストラリアベンチへと突っ込んでいった。基佳に対応したのはレイチェルだった。眼光鋭い人だが、かがんで基佳との四〇センチ近い身長差を埋めている。なかなかにほほ笑ましい光景だった。
「日本の印象、ね。……そうね。目まぐるしくて、まるでサーカスみたいだったわ。今回は、うまく対処できなかったけど、次は、こうはいかない」
レイチェルへのインタビューを最後に、基佳の出番は終わったようだ。実況と解説、放送席の二人の音声が響く。
「しかし、サーカスか。面白い例えを出すものだな。確かに、連中のボール回しなんて、ちょっとしたジャグリングにも見える。そうすると、さしずめ中村君が団長か」
解説の各務がつぶやいた一言は、生中継を見た者、また、後に舞浜ケーブルテレビが配信した動画を見た者、この間で広まって、中村および彼が指揮するチームの愛称として定着していくのだった。
「団長」と「中村サーカス」である。




