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未知標  作者: 一族
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第三一九話 回転扉(五)

 苦悶の彫像は語った。静の電話を受け、ねじけた態度を取った祥子だが、それでも鶴ヶ丘に帰ろうとはしたらしい。そこに、また、電話があった。アストロノーツの部長、木村だ。

「ゲームセンターで遊んでいる、と聞いたが、本当か?」

 祥子には直ちに自宅への帰還が命じられた。その後は、重工からの迎えが来て、両親と共に連行されたらしい。

「……厳しい。木村さんには、こっちの問題、話すことはない、来ても会わせない、って言われちゃったよ」

「それって……」

「まさか解雇にはならないとは思うけど……」

 その時、ブルゾンのポケットに入れていたスマートフォンが鳴った。

「いいなあ。私もスマホが欲しい。この学校でスマホ持ってないの、私だけじゃないかな」

「それはない。岩佐先生とか、いまだにガラケーだぞ」

「ガラケーでもあるだけまし」

 那美と長沢の会話を横目に、静はスマートフォンを取り出して、息をのんだ。祥子だ。

「サチ? 今、先生に、重工にいる、って聞いたけど」

 長い、長い、木村の訓示がようやく終わって、今、祥子は自室で待機しているという。

「先輩」

「何?」

「私が、ゲームセンターにいる、って木村部長に告げ口したの、先輩ですか?」

 自分がゲームセンターにいた事実を知っているのは静だけだ。すなわち木村に密告したのは静に違いない。祥子の知識では、そうなるのか。あまりの中傷に、静は言葉を失った。ただ事でない、とみた那美が静のスマートフォンを奪う。

「高遠先輩! 静お姉ちゃんに何を言ったの!?」

 祥子が何か返したらしい。那美の顔色が変わった。

「この……! 切った!?」

 そこからの展開は、なかなかに激烈だった。初手は、怒り狂った那美の出撃未遂だ。静と美鈴に制止され、わかった、行かない、うそつかない、と応じて那美は部活に戻っていったが、三分ほどしてへらへらと職員室に戻ってきた。

「スマホ。返すの忘れてた」

 このとき、静が自分のスマートフォンの発信履歴を調べていれば、事態はより深刻な方向に進んでいたことを知っただろう。那美は孝子に事の次第を通報していた。確かに、当人、は、行かなかった。うそはついていない。

 那美に、善処、を求められた孝子は、直ちに重工体育館に現れた。そばには、麻弥、みさと、尋道らの姿もある。SO101での会合中に電話があったのだ。

 木村との談判は尋道が受け持った。麻弥とみさとは孝子を左右から支えている。というか、押さえ込んでいる。重工体育館の寮にいる祥子を襲撃しないように、だ。それほどの憤激ぶりだったのである。

「まるで反省していない……!」

 尋道に来訪の意図を説明されて、木村はうめいた。散々にうめいた後で、カラーズの四人に、こう語った。

 もちろん静ではなかった。匿名の通報で男性の声だった。謹慎を命ぜられたはずの御社の社員が、ゲームセンターで遊んでいるのを目撃したが、どういうことか、と言ってきたのだ。いわゆる「正義の士」であろうと思われるが、この際、通報者の出自は重要ではない。高遠祥子は無名の人ではなかった。バスケットボールの世界では、それなりに顔も名前も知られた存在だった。その点に思い至らぬまま、人に疑念を抱いた。祥子の言語道断の所業といえた。

「厳しく対処します。追って、ご報告を――。いや、中村たちのオーストラリア行きが近い。こんなことでいつまでも妹さんの気を散らすわけにはいきますまい。今日中に処分を決定します」

 蒼白となった木村の一礼を受けて、孝子もその矛を収めた。

 木村は宣言どおり、その日のうちに、祥子の処遇を決した。福岡県は門津(もづ)市に高鷲重工の造船所がある。造船所には重工公認のバスケットボール同好会があり、そこで祥子には出直しを図らせる。甘える相手も、頼る相手もいない遠隔の地で、自分を見つめ直させるのだ。

 一段落して、皆が案じたのは、やはり静の精神状態であった。幼なじみであり、目をかけてきた後輩に、いわれのないそしりを受けた。深刻な衝撃を受けたとしても、不思議はない、と思われたのである。

 周囲の心配をよそに、静は平静としていた。いや、平静と思われるよう振る舞っていた。何しろ、祥子の評判が悪い。孝子と那美を筆頭に景あたりも蛇蝎のごとく彼女を嫌悪している。そこまで嫌わなくても、と思ううちに、祥子への恨みつらみは消えていた。最も文句を言う資格のある自分が沈黙すれば、孝子以下も追及までは考えないものだ。祥子は十分に罰を受けたと思う。自分を含めた部外者は、もう黙ろう。あとは、祥子自身の問題だ。

 一件以来、祥子とは連絡を取っていない。声を掛けられても困るだろうし、自分も何を言えばいいのか、正直、わからなかった。いつか、昔のように語り合える日が来ればいいが。一抹の寂寥の感を胸に、静は、そう思うのであった。

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