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未知標  作者: 一族
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第三一話 春風に吹かれて(一四)

 春菜を海の見える丘に招待した日、夕食を済ませ、彼女のマンションへと送り届けての帰り道に、麻弥が提案してきたのは、うちに呼んでみないか、だった。

「それは、一緒に住もう、って話?」

「そう。正直、ちょっと気になってる」

「本当に、見掛けによらず、だね」

「うるさい。こっちにもメリットのある話なんだよ」

 麻弥が指摘したのは、孝子の優秀なボディーガードとしての存在感だ。これは孝子も首肯するところである。一歳年長のか細い友人は、よっぽど頼りなく見えるのか、春菜のガードは綿密を極める。おかげでいかなる勧誘にも悩まされたことのない孝子だった。

「まあ、あいつと私じゃ、ガードの考えが違うんだけど」

「考え……?」

「北崎は、深窓のお嬢さんっぽいし、守らなくちゃ、と思ってる、気がする。私は、下手に周囲と絡ませると、怒って何をするかわからないんで、隔離したい、と思ってる」

「なんて言い草なの」

「お前の理解度なら、おばさんよりも上の自信があるぞ」

 麻弥の言は全くそのとおりであったので、孝子も笑うしかない。

 次に麻弥が挙げたのは、静のライバルである春菜の失速への憂いだった。孝子と同じくスポーツ全般に興味のない麻弥も、親友の義妹の活躍だけは注目している。高校時代の四回の対戦で、全て敗れている静は、おそらくこれからも春菜との対決を望むだろう。そのとき、春菜が力を落としていたら、というのである。

 夕食時に麻弥の聴取を聞いていた孝子の感想は、大いにある、だ。親元を初めて離れた春菜は、一人暮らしにかなり手を焼いているようだった。面倒、と食事を抜いたり、いっときに多量に摂取したり……。それが体にいいはずがない。聴取を通じてわかったのは、春菜がアスリートとして摂取すべき栄養素の種類、量、時機について、孝子や麻弥よりもはるかに精通している事実だった。にもかかわらず、である。一人暮らしでの理想的な栄養の摂取がいかに難しいか、という証左だろう。

 面倒見のよさの面目躍如とも評すべき麻弥の言を孝子は了承した。口では、見掛けにうんぬん、と言いながら、心底では親友の気遣いを得難いものとして、孝子はうれしく思うのだった。問題は、集団生活は嫌いだ、と放言した春菜の意向だったが、今日一日のだんらんを思い起こす限り、心配はない、はずだ。

「もう一つ」

 孝子は提起した。

「なんだ?」

「集団行動が嫌な子だし、当然、個室がいいよね。この家の個室って、あとは、あの狭い和室しかないよ。鶴ヶ丘の私の部屋と同じくらいしかないけど」

 神宮寺「新家」の孝子の部屋は四畳半の和室だ。

「ああ……。ちょっと関係ないんだけど、初めてお前の部屋に入れてもらった時、さ」

「うん」

「虐待されてるのかと思った。あんまり狭くて」

「そんなわけないでしょう」

「いや。だって、神宮寺さんって、あの辺りだと有名な大金持ちだぞ? そこに引き取られた子が、あんな狭い部屋なんて。まあ、すぐに勘違い、ってわかったけど」

「そうだよ。一時期、おばさまには、顔を見るたびぐらいに、増築、増築、って言われてたんだよ」

「うん。まあ、それはいいや。取りあえず、話してみる。寝るだけなら、なんとか」

「それは、起きて半畳寝て一畳、だけど」

 まとまったのか、まとまらなかったのか、二人にも判然としないまま、話は次に移った。といっても、後は簡単である。神宮寺美幸に裁可を仰げばいいのだ。麻弥は、孝子のボディーガードとしての春菜を称揚し、即断で許しを得た。養母が養女に注ぐ愛情の質と量を、麻弥は把握している。美幸が動いたことで大家の了承もスムーズに得て、いよいよ春菜を誘う段となった。

 春菜を、再度、海の見える丘に招待して、供したのは、いつもの味の薄い食事である。無難な鍋だった前回から一変させたのは、この味付けだけは孝子の事情で変えられないためだ。つけだれ、かけだれでも補いきれないのなら、話は不成立となる。

「確かに薄めですけど、おだしがしっかりしていておいしいですよ」

 だし巻き、あえ物、といったメニューを、二人に倍する勢いで食べながら春菜は言った。

「お前、これ、大丈夫か」

「大丈夫です。むしろ、こういう味付けは好きです」

 うむ、と麻弥が喉の奥を鳴らした。孝子も居住まいを正す。

「……お前さ、集団行動は嫌い、って言ってたけど、具体的には何が嫌いなんだ?」

「周囲に合わせるのが嫌なんです。私、自分本位なので」

「じゃあ、寮は全然考えてないか」

「はい。絶対に嫌です」

 断定に、孝子と麻弥は期せずして横目に互いの表情を探っていた。

「突然、寮の話なんて、どうされたんですか?」

「いや。お前、一人暮らしが大変そうだし、ここに誘おうか、って孝子と話してたんだけど」

「ここに、って、お二人と一緒に、ってお誘いですか!?」

「うん」

「ぜひ、お願いします。お世話になります」

「ちょっと待って。もう一つ、聞いてほしいことがあるの」

 孝子は春菜を制した。

「なんでしょうか?」

「個室が、そこの和室しか空いてないの」

「構いません。私、実家でも和室です。それに、あれって、炉畳ですよね。茶室なんですね」

「前に済んでいた方たちが使ってたみたいだね」

「気に入りました」

「なら、よかった。でも、本当に大丈夫か? 周囲に合わせるのは嫌なんだろ?」

 春菜の豹変に、あきれ顔の麻弥だった。

「周囲によります」

「私たちなら合わせてもいい?」

「もちろんです。合わせます」

「他と何か違うかね」

「もしかして、ご自覚ありませんか」

 返ってきた予想外の言葉に、一瞬、静止した二人は、次いで大笑だった。

「お前、かわいくないな」

 笑いながら麻弥は向かいの春菜に手を伸ばし、その頬をつねった。

「あっ。意地悪はやめてください」

「本当のことを言われたからって、小さい女」

「おい。そこの女」

 麻弥が標的を変え、一〇年来の敵同士による争いが勃発する。

「北崎、手伝え」

「北崎さん、こっち」

「食事はどちらが担当されているんですか? そちらの味方をします」

 どうやら、なかなか悪くない相性の三人のようだった。

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