第三一六話 回転扉(二)
「いいですか? じゃあ、お先に」
三年間の付き合いで、叱咤のトーンと気付いてはいたが、静は長沢の言に従った。
「景とサチは、少し知ってて、先生とまどかは、全然、かな。去年、うちが全日本選手権でやったみかん銀行のチームがあったでしょう?」
「つぶれる、ってな。例の『神奈川舞姫』ってのは、舞浜と関係あるのかね。名前的に」
「私も思いました。でも、舞浜にはアストロノーツがあるじゃないですか」
「那古野なんか三つあるだろ」
「舞浜のチームです。で、親がカラーズ」
長沢とまどかの会話が止まった。
「チームの代表兼ヘッドコーチが中村さん。スタッフに、全日本のマネージャーの井幡さんと雪吹彰君。選手が、決まってるのが、美鈴さん、春菜さん、佳世ち、と、私」
驚愕の表情を浮かべる長沢とまどかを眺めて、にやにやしていた景と祥子も仲間入りだ。
「え。静、一緒に重工に行こう、なんて言ってたのに……」
「それが、舞姫に、お姉ちゃんだけじゃなくて、お母さんまで関わることになって、さ。私だけ、重工に行くわけにもいかないでしょう」
いよいよ本番である。
「で。景とまどかと、一応、サチにも、話があるの」
「一応、ってなんですか」
「いや。はっきり言って、いや、言わなくてもわかると思うけど、環境は重工よりもはるかに悪いよ。支度金も使ってるって話だし、無理、と思って。……先生。私の知ってる限りを話すから、アドバイスしてあげて」
「あ。静、誘ってくれるんだ。じゃあ、行くよ」
あっさりとした景の反応で室内は騒然とする。
「え。景。いいの!?」
「いいよ」
「須之。待て、待て。お前、さっき聞いた限りだと、この話、少しは知ってたんだろ。私と伊澤は、なんにも知らないんだぞ。特に、誘われてる伊澤がちんぷんかんぷんなのは、駄目だろう。まずは静の話を聞こう、って」
長沢の言うとおりであった。静は、極秘という新舞浜トーアの件以外は、全てを語った。舞浜ロケッツとの連携も、試合の後の歌舞についても、だ。
「歌舞、ねえ。クラブチームならでは、なのかね」
長沢の述懐である。景たちの反応も鈍い。ここが、どうしてもネックになるようだ。自分も同じだった。仕方ないだろう。
「ですね。まあ、そういうチームなんだ、って」
「静は、やるの?」
景は眉をひそめている。
「うん。しょうがない。それに、真面目にやったら、結構、すごいことになりそうだし」
「どういう意味で?」
「正式に舞姫の一員にならないと教えられない。まあ、言えるのは、ホームアリーナとの兼ね合い、かな。結構、えっ、っていうホームアリーナなんだ」
「ふーん」
景は腕組みをして、口をとがらせている。
「でも、家のそばに練習場がある、っていうのは、魅力なんだよな」
景の住まいは幸区亀ヶ淵だ。ライフパートナーDUOは歩いて行ける距離という。
「ね。私も、通いができるな、って思った。駅まで遠いし、何かしらの移動手段は考えないとだけど。まどかは、どう?」
問われて、まどかは曖昧な笑いを浮かべた。
「いいよ。ちょっと、ってなるのは、わかる。景も、無理しなくていいんだよ」
「うん……。でも、舞姫に行かないと、私のバスケは大学までだし。どうしよ」
「え。須之内先輩、それって……」
祥子は目を見開いている。
「私はお前たちみたいにバスケ愛は強くないし。歌舞が嫌だから、って知った人がいないチームに行ってまでやらないよ。大学も、長沢先生とつながりのある舞浜大だったんで、行っただけ」
「才能は、この四人の中でも一番なのにな。これは、私も舞姫に行って、須之の尻をたたくしかないか」
「先生!?」
景の声が弾んだ。彼女にとって長沢は、高校からバスケットボールを始めた初心者を、見事、全日本候補にまで育て上げてくれた大恩ある相手だ。再度、その人の指導を受けられるのであれば、景にとっては、またとない僥倖となる。
「私、来年で鶴ヶ丘は最後なんだわ。異動。実は、私、新任以来、全く動いてないのよ。一一年も同じなんて、かなり異例。バスケ部の活動を認められて、いろいろと融通してもらってたけど、限界でね。本当は今年までだったんだけど、いやらしい話、来年の高校生は、ぶっちぎりで伊澤がナンバーワンじゃない? 三冠で有終の美、って配慮してもらったんだ」
「……間違いなく、決定、なんですか?」
ため息交じりに静は問うた。教育の現場では転勤など日常茶飯だ。理解はできるものの、恩師と慕う人の異動ともなれば、感慨は深かった。
「異動はね。ただ、バスケでこれだけ結果を出してるんだし、そちらの道に進むのもありじゃないか、って言ってくれる人もいて。悩んでたところさ」
「先生! ぜひ、舞姫に来てください!」
景が立ち上がった。長沢、参戦か。この一大事に、祥子とまどかも浮足立っている。
「騒ぐな、騒ぐな。まあ、孝子に話を聞いてみようとは思う。中村さんの下でバスケを勉強する、ってのは、正直、魅力だしな」
全員が目の色を変えて、わいわいとやりだした。やがて、前菜を運んで男性の店員が入室してきたのだが、ぎょっと入り口で立ち止まったほどの、それは盛り上がりであった。




