表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未知標  作者: 一族
315/747

第三一四話 舞姫(二九)

 いったん鶴ヶ丘に戻った尋道が、彰と共に新舞浜に舞い戻ったのは、午後五時をやや回ったころだ。彰の運転する車に同乗し、黒須宅のある「高鷲駅ビル」を目指す。

 ハンドルを握る彰の顔は、ずっとこわばりっ放しだ。嘆息も多い。内定辞退に向けて緊張しているのである。無理もなかった。相手は世界に冠たる大企業の大立者だ。まかり間違えば、の不安があるのだろう。

「大丈夫ですよ。雪吹君のことも、静さんのことも、すぐに済みます」

「はあ」

「静さんに、気持ち悪い、と言われるぐらい、黒須さんは神宮寺さんのご機嫌取りに忘我してるでしょう。おそらく、そちらの話題がほとんどになると思いますよ」

「確かに……」

 車が「高鷲駅ビル」マンションゾーン専用地下駐車場に入った。地下駐車場ロビーの集合玄関機を操作し、おとないを告げると、中村が降りてきた。

「だいたいは説明しておいたよ」

「ありがとうございます」

 中村の配慮が効いたか、申し出は滞りなく受諾された。帰りの車内で、彰が思わず鼻を鳴らしたほどに、あっさりと片付けられた。

「よかったじゃないですか。この分なら静さんとの結婚式にも呼ばなくてよさそうですよ」

 こう言って尋道はなだめたものだ。

 黒須宅に入るや、尋道の予想どおりに二人は早々と来意を完了することとなった。

「ところで、二人には神宮寺君から何か言ってきてないかね」

 そして、黒須が、来た。

「何も」

「そうか……」

「仲介者を頼むような方ではない気がしますが。そもそも、仲介をする人の数も多過ぎるようですし」

 この場にいる二人以外にも、麻弥を筆頭に一〇人弱が黒須の依頼を受けている。

「ここは待ちの一手に徹しては、いかがでしょう」

「何を言っとるんだ、君は。とんだ不調法をしでかしたんだ。一刻も早くわびを入れる以外になかろうが」

「心得違いかと。黒須さんは、唯一、お持ちだった『わび』のカードを、もう切っておいでです。今は神宮寺さんのアクションを待つ以外にありません」

 反撃は予想外だったようだ。全員が瞠目している。

「そう、かもしれんが、それでは俺の気が済まん」

「この期に及んで手前勝手な。気が済まないのは古里をこけにされた神宮寺さんのほうです」

 黒須は大きなため息だった。

「なるほど。怒り心頭らしい。君はメッセンジャーだったか」

「娘とも目を掛ける相手を見損なってはいけません。殴るなら自分で殴りに参上します」

「待つのは性に合わんのだがな」

「では、一巻の終わりです。諦めて、この上の深追いは避けられますよう」

「孝子ちゃん、そんなに怒っているの!?」

 割って入ったのは黒須夫人の清香だ。

「はい」

「そんな……」

 夫と比べて穏当な清香の助勢を得られれば、という期待が皆無だった、とはいえない。まずは首を突っ込んできてくれた。うまく巻き込めば共同戦線の形に持ち込めるだろう。

「お二人は神宮寺さんを、お互いの気性を受け継がれたような、と買っていらっしゃるようですが、そもそも、その認識が間違っているのが不幸でした」

「どう間違っている?」

「規模といいますか。勢力といいますか。三倍は猛烈です。なので、今回、あの方は、お二人の想像の三倍、怒ってます」

 黒須夫妻は顔を見合わせている。

「ありそう、ね」

「ええ。青は藍より出でて藍より青し、といいます」

 うなずいた清香に尋道はお追従を言った。われながらいやらしい言い回しをする、とは思うが、おくびにも出さない。

「なので、ほとぼりが冷めるのを待つしかありません、と進言する次第です」

「郷本君は、どれくらい待てば、孝子ちゃんは許してくれると思う?」

「何しろ三倍です。怒りが収まる時間も、やはり、三倍でしょうか」

「長いよー」

「ですが、ご安心ください。失言があったのは黒須さんです。奥さまは関係ありません。僕からも強く訴えますので、これ以上、騒ぎを大きくしないためにも、三倍、待っていただけるよう、黒須さんを説得していただけませんか?」

「いいよ。貴一さん、三倍ね」

 満面に笑みの清香に、黒須は天を仰いでいる。

「郷本君よ。君は、なかなかのくせ者だな」

「お褒めにあずかり光栄です」

「褒めとらん。褒めとらんぞ」

 黒須は大笑した。

 こうして、見事、黒須の封じ込めに成功した尋道だったが、一つ、誤算もあった。度胸と口舌を評価されたらしい。何かにつけて黒須夫妻から声が掛かるようになったのだ。加減を間違えた、と悔やんでも後の祭りであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ