第三一三話 舞姫(二八)
面談を終えた尋道は、静と彰を新舞浜トーアにいざなった。彰は車で来ていたが、トーアの駐車場は未整備のため、タクシーで現地に向かう。西館西口に車を乗り付けさせ、搬出入口から館内に入った。目指す劇場は四階にある。
エレベーターを出ると、何人かのさざめく声が聞こえた。舞台裏を抜けて舞台に出た。舞台上には、孝子、麻弥、春菜、美鈴、佳世、さらには、剣崎、中村、井幡らの姿もあった。
「僕らが最後でしたね」
集合時間前一五分の到着は、ころ合いのはずだが、皆、早い。
「お。スーちゃんと雪吹。どうした」
舞台の袖から近づいていくと、気付いた美鈴が声を掛けてきた。
「市井さん。褒めてください。世界最高峰のポイントガードと前途有望なコーチの卵を舞姫に連れてきました」
ざわめきが起こり、静と彰の周囲に人垣ができた瞬間を見計らって、尋道は孝子に目配せした。心得た孝子が、つと寄ってくる。そのまま二人は一団と距離を置く。
「静さん。黒須さんが気持ち悪くて仕方がないそうで」
ささやくと、孝子は眉間にしわだ。
「気持ち悪い?」
「確かに、妹の視点では、大好きなお姉ちゃんに言い寄る中年男、としか見えないでしょう。生理的に駄目、とおっしゃるので保護します。構いませんね」
「うん。彰君は?」
「彼は、中村さんの下でバスケを学びたいそうです」
「そう。……あのじじい、本当にうっとうしい」
「任せていただいてもいいですか」
「うん。ぶちかまして」
「善処します」
密談は終了し、二人は一団に合流した。人垣の中心にいる二人は、周囲の問い掛けに応じる形で、舞姫参加の動機を語っている。孝子と美幸が舞姫に関わる以上、自分だけのほほんとアストロノーツでバスケをやるわけにはいかない、と静は決意を表明し、中村の下で指導者としての研さんを積みたい、と言っているのが彰だ。このうち、静の説明は尋道が授けたものであった。
「中村さん」
「何かな?」
「雪吹君ですが、重工さんの内定のようなものを、黒須さんにいただいている、と聞いているんですが」
「ああ。そうそう」
「重工さんが出す正式な内定ではないとはいえ、重さでは、ほぼ同等のものだと思うんですよ。辞退のための、お口添えを、いただけますか?」
「もちろん。善は急げだ。雪吹。今夜にでも先輩のところに行こうか」
「はい」
「これは話が早い。僕も同行させてください」
尋道は名乗りを上げた。こちらも善は急げだったし、決戦の場として敵役の本拠地は、何かと好適と思われるのだ。
「静さんも、アストロノーツさんへの内定のようなもの、いただいていますので、こちらも辞退しようと」
「では、神宮寺も来るかね?」
「いえ。静さんの内定は斎藤が勝手に売り込んだ結果ですので、カラーズ内で処理します。静さん。大丈夫です。来ていただく必要はありません」
顔を引きつらせている静に、尋道は力強く宣言した。
静と彰の話題が一段落すると歌舞の番である。孝子の指示で一同は、剣崎を残して客席に下りる。先導した尋道は、一階席の中ほどを示した。音の響きは、この辺りが一番いい、と剣崎の受け売りを披露する。
「この劇場には、まだ音響機器が入っていないので、ポータブルオーディオを使います」
いったん、舞台の袖に下がった剣崎が、黒い直方体を抱えて戻ってきた。舞台の面に置くと、しゃがみ込み、操作しながら続ける。
「大した音は出ませんので、承知しておいてください。フルスペックが使えるようになったら、一〇段階ぐらい、上がりますよ――ケイティー、オーケーです」
孝子がうなずいた。
「今から、歌舞のデモンストレーションをします。今回は私一人でやりますが、舞姫にやってもらう際には、ロケッツさんのチアの方たちに参加をお願いする予定です。曲はAsterisk.さんの『Shooting Star』。メインボーカルに立候補したミス姉が好きな曲だそうで、歌舞そのものに慣れるための教材に考えていたんですけど、感じのいい曲だったので採用しました」
ここで『Shooting Star』は剣崎がAsterisk.に提供した楽曲であった、という逸話を孝子は挟んだ。知っていたら選ばなかった、とほざいて剣崎を失笑させる。
「うそですよ。むしろ、決め手でした。そうだ。歌詞は変えます。元がラブソングなので、試合の後に歌うものじゃないな、って」
「どんな歌詞にするん?」
美鈴が問うた。
「英語詞でね。天上天下唯我独尊、みたいな、アートらしい詞。では、始めてください」
楽曲がかかった。アーティへ作詞を依頼した、と事前に聞いていた尋道と剣崎以外の驚愕を尻目に、孝子はミディアムテンポに合わせて舞を始める。『Shooting Star』の振り付けは簡便だった。しかし、姿のよい孝子の立ち居振る舞いも手伝ってか、なんとも華やかに映える。
いよいよ孝子の低音が繰り出されてきた。反射した音が客席に降り注いで、辺りを満たす。かつて尋道が受けた衝撃を、周囲も味わっているようだった。いつしか全員が立ち上がって手拍子をしていた。
「あーーー! 最高! たーちゃん、最高だったよ!」
楽曲の終わりと同時に、美鈴が舞台に駆け上がっていった。
「ここでバスケするって、絶対にすごいことになる!」
この後、舞台での歓談は長く続いた。さもあろう。皆が見たのだ。この場所で試合を行うことにより生じる可能性の形を。それは、えも言われぬ心楽しさを伴う行為であった。




