第三一一話 舞姫(二六)
一気呵成とは、まさに、このことだ。「みかん銀行シャイニング・サン継承チーム(仮称)設立準備室」が昇華した「みかん銀行シャイニング・サン継承チーム(仮称)、舞浜ロケッツ企業連携室」改め「神奈川舞姫、舞浜ロケッツ企業連携室」の、最初の活動となるlaunch pad建設計画が動き出し、これに付随して神奈川舞姫合同会社の体制も固まった。どうにも妙な順番となっているが、真実、こうなのだ。全ては、ライフパートナーDUOの駐車場で、伊東以下のロケッツ勢と相対した美幸の即断即決による。
従来の建設予定地と比して、広さも、アクセスも、格段に優れる亀ヶ淵の土地を、ぜひとも、と伊東に請願された美幸は、こう返していた。
「わかりました。では、施設の整備は、こちらでやらせていただいて、ロケッツさんを誘致する、という形に致しましょう。斎藤さん。確か、企業連携の部署があるのよね。そこには私が出るわ。だから、孝子さん。私をカラーズに入れてね。本当はあなたたちに任せるべきなのでしょうけど、ある程度の額のお金を動かせる私が出たほうが話も早いわ。ここは任せてちょうだい」
あまりにも急な事態に、孝子も、みさとも、ロケッツ勢も、あぜんとするばかりとなっている。
「話は聞いています。舞姫はおんぶに抱っこでロケッツさんに頼り過ぎよ。このままでは、いずれ、お荷物扱いされる日が来るわ。そうならないよう、先手を打ちましょう。この家付きの娘となら、末永く一緒にいたい、って思わせるのよ」
と美幸は畳み掛け、案じ顔の孝子とみさとに対しては、こうだ。
「勘違いしないように。婿には甘い顔だって見せるけど、娘には手加減しないわよ。きっちり生活費は入れてもらいます。こっちの心配より、自分たちのやりくり算段をしなさいな」
当たるベからざる勢いの前に押し切られた一同は、それぞれの務めに精勤するしかない。
CSO――最高戦略責任者に美幸を迎えたカラーズでは、みさとが機動力を見せて、神奈川舞姫合同会社の創業が一気に成し遂げられた。舞姫の法人格が存在していないにもかかわらず、はるか先走ってしまった現状との齟齬を解消した形だ。所属はCEO、中村憲彦だけの一人会社で、人員の拡充は徐々に行われる予定となっている。
一方、美幸に突貫された「神奈川舞姫、舞浜ロケッツ企業連携室」では、launch pad建設計画が急ピッチで動きだしていた。舞姫の始動時期に合わせ、来年度中の完成を至上命令として、関係者は尻をたたかれている。三年後をめどに、と伊東が語っていたころからすれば隔世の感といえた。
このような次第でカラーズとロケッツが激しく胎動していた二月末の一日、その夜だ。尋道の元に電話がかかってきた。静だった。明日、面談を希望する。彰と一緒に訪ねても構わないか、と言ってきた。「中村塾」は休みなので、何時でも構わないので、ぜひに、と押してくる。
なぜ、自分に、という思案は長くはならなかった。この手の最適任者が不在なのだ。みさとは基佳を引き連れて、新潟県は阿賀田市に飛んでいた。日本リーグで唯一、クラブチームとして活動するゼネラルパワーリッカーズの実情を取材する目当てであった。
尋道は、午前八時では早いか、と静に返した。明日は折あしく、午前一一時に予定があった。舞姫関係者に向けた歌舞のデモンストレーションに立ち会うため、新舞浜トーアの劇場に赴くのだ。逆算して、午前一〇時には鶴ヶ丘をたちたかった。二時間もあれば、多少、込み入った話でも対応できよう。
「はい。大丈夫です」
「差し支えなければ、ご用の向きを伺っておいても、よろしいですか? 心積もりをしておきたいので」
「はい。あの、私たち、カラーズのチームに入りたいんです」
「なるほど。では、明日。お待ちしています」
思いがけない申し出であった。どういう心境の変化か、知りたく思ったが、深追いは避けた。じきに日が変わる。尋道は眠いのであった。
翌朝、静と彰は連れ立って、郷本家にやってきた。共にバスケットボールで鍛えた二人だ。姿勢もよく、持ち前の見目と相まって、誠に似つかわしく見えた。尋道は目を細めて麗しい来客を迎えた。
「お持たせですが、どうぞ」
尋道は応接室に通した二人に、コーヒーと手土産に受け取った菓子折を供した。
「こんな早くにすみませんね。この後、用事がありましてね」
ソファに腰を下ろしながら尋道は言った。
「あ。お忙しかったんですね。こちらこそ、すみませんでした」
静と彰はそろって頭を下げた。
「いえ。舞姫の用事なので、お二人とのお話次第にはなりますが、お連れしても構わないのですがね」
「舞姫……?」
けげんな顔を静はしている。
「ああ。そういえば、この間のミーティングは、チームの名前を言う前に終わったんでしたっけ。神奈川舞姫がカラーズのチームの名前です」
「あ。そうだったんですね」
「ええ。というわけで、早速、伺いましょう。お二人は、舞姫に参加したい、と」
彰が半身を乗り出してきた。
「はい」
「頼む相手が違いますよ、と言いたいところですが、そうされなかったのには、事情があるのでしょうね」
「あの、僕たち、重工の内定をいただいているような状態じゃないですか。そこを、穏便に断る方法も併せて、と思いまして」
「なるほど。それで、ですか」
入団希望のみなら、チームのオーナーである孝子に依頼するべきだが、併せて、高鷲重工の内定を穏便に断る方法の教示も仰ぎたい、となれば話は変わってくる。二人の内定には、重工の巨人が関わっている。孝子に任せては穏便にならぬ可能性が高かったし、それ以前に、孝子と黒須は二度と接近させないのが、カラーズの一大方針となっている。
「わかりました。時に、もちろん、頼っていただいた以上、全力で当たらせていただきますが、斎藤さんでなくとも、よかったのですか? 交渉事で、あの人の右に出る者は、カラーズにいませんよ」
静が肩をすくめてみせた。
「あの。最初は、斎藤さんに相談しようと思ったんです。でも、電話したら、すごく酔ってて」
みさとは基佳と飲んでいたか。あるいは先方に接待してもらったか。いずれにせよ、その泥酔ぶりに触れた静は、頼るにあたわずと見限り、結果として、尋道にお鉢が回ってきたのだろう。迷惑といえば迷惑な話であった。




