第三一〇話 舞姫(二五)
そのころ、孝子の駆るウェスタは重工本社の正門を出場していた。助手席にみさとを乗せ、一路西へ向かう。
初め、孝子は尋道と同じ考えを抱いていたのだ。連行は、孝子が黒須と衝突する前に、両者の距離を空けようとしたみさとの小細工、と。
「違う。そんなことは、どうでもいい」
手を振りほどかれたみさとは言ったものだ。
「いや。どうでもいいことはないか。できれば、正面衝突は避けてほしいけど、今は、そっちじゃない。取りあえず、車に行こう。もしかしたら、駆け回ってもらうかも」
二人は孝子の愛車に乗り込んだ。みさとはスマートフォンを取り出してみせた。
「まず、電話させてね。まとまったら、きちんと説明するから。ひとまず、鶴ヶ丘方面で」
「うん」
みさとのまなざしは真剣である。口を挟まず素直に従う。孝子は無言で運転に専念だ。
電話は、孝子の養母の美幸に当てて、だった。
「DUO、閉まるの?」
美幸との通話を終えたみさとに孝子は声を掛けた。神宮寺家が鶴ヶ丘の西隣、亀ヶ淵に所有する土地に建つライフパートナーDUOなるホームセンターが、今年度末で閉店の運びという内容を、孝子は会話の断片から把握していた。
「うん。そうなの」
「そっか。DUO、閉まっちゃうんだ」
孝子にとっては思い出深い店、というか場所といえた。三年前、養母の美幸から運命的な告白を受けたのが、ライフパートナーDUOの駐車場であったのだ。
「うん。目と鼻の先の長船に大きなモールができたでしょう? あそこに全国区のやつが来て、ひとたまりもなかったんだって」
隣市に完成した巨大モールの影響をみさとは挙げた。
「DUOの閉店が決まって、美幸さま、いろいろと動いてはいたんだけど、なかなか引き合いがない、ってね。ほら。私、将来的に、顧問税理士に、って美幸さまに買っていただいてるじゃない? おうちのこと、相談というか、いや、愚痴か。まだまだ私程度に美幸さまは相談なんてしないわ。まあ、そういうわけで、お話を伺ってたの」
「うん」
「二〇〇〇坪弱かな。国道沿いでアクセスはいいんだって。でも、田舎の土地にしては中途半端な大きさで、難しいみたいよ。神宮寺さんって、この辺に、そういう土地を、結構、お持ちなんですってね。美幸さまのおばあさまか、ひいおばあさまの仕業、って美幸さま、ぼやいてたわ。せめて小磯ぐらい都会の土地を買っておいてくれればよかったのに、だってさ」
みさとは再びスマートフォンを構えた。
「よし。次、行きまっす。ふふふ。ロケッツさん、幸区にlaunch padを考えてるとな。条件が合えば、美幸さまにDUO跡地の土地活用を提案できるわ。黒須君。軽率、軽率ー」
みさとの真意は、ここにあったか。確かに、黒須など、どうでもいい。
伊東との交渉は、あっという間に終わった。現地にて待つ、とみさとの締めだ。成功裏に終わったらしい。孝子はひょいと左手を掲げた。みさとが応じて、手のひらと手のひらが打ち鳴らされた。
「伊東さん、乗り乗りー。あ。あんた。もう黒須さんと接触しなくていいよ。舞姫に関わる以上、重工には頼れないんだし。けんかされて、ロケッツさんがしわ寄せを受けたら困る。私の古里をばかにしやがって、くそがーーー、って。ずっと怒ってることにさせて。あの人の失言が原因だもんね。まさか逆ギレするような小物でもないだろうし。これで、どう?」
言われるまでもなかった。孝子は大いにうなずいていた。
「よし。聞こえていたと思うけど、DUOに向かって。あ。美幸さまにも連絡して、立ち会ってもらうわ。寄ってよ」
「わかった」
われ知らず孝子は、カーステレオから流れてくる洋楽に合わせ、鼻歌を始めていた。心躍るではないか。出会いの日以来、その人となりに違和感を抱き続けてきた重工の巨人と、ようやく、なんの気兼ねもなく疎遠になれる。悪い人間ではないのだ。それは理解していた。ただ、致命的に合わない。孝子なりに分析すれば、黒須はともかく、自分は柄でない、と知りつつ、こうなる。
両雄並び立たず、と。




