第三〇九話 舞姫(二四)
みかん銀行シャイニング・サン継承に関するカラーズの公開ミーティングは、二回目の開催だ。第一回からは二週間が経過していた。チーム蘇生の瞬間を見届けたい、と希望する人たちにとっては、待ちに待った、となる。静も、その一人だった。
ミーティングが開催されるのは、前回と同じ重工体育館のカフェラウンジだ。ころ合いも同じく昼休憩であり、参加者の顔ぶれだけが、一部、違っていた。新たな参加者が二人いる。一人は井幡由佳里で、この人は所属する東京EXAの用事があって、前回のミーティングを欠席していた。もう一人は、孝子の友人、小早川基佳だ。スポーツキャスター志望という彼女を、義姉がかいがいしく引き回している。紹介も、今回のミーティングの狙いの一つだったようだ。それが済むと、いよいよミーティングの始まりである。
「前にお集まりいただいてから、二週間、かな。実は、ものすごく進捗してまして。きっと、皆さま、驚かれると思いますよ」
仕切るのは、もちろん、みさとだ。カフェラウンジの中央に進み出る。
「正式な発表はまだですが、なんと、チームの継承、もう決まっちゃいました」
どよめきだ。
「舞浜ロケッツの伊東社長に、全面的にバックアップしていただきまして。私たちとしても、まさか、こんなに早く、っていうのが正直なところなんです」
「結局、頼ってくれなかったな」
口を挟んだのは黒須だった。
「いえいえ。ロケッツさんを通じて、十二分に、ご威光に被らせていただきました」
「直接、頼ってほしかったんだがな」
「申し訳ありません。こちら、ご支援に対する法人税で首が絞まりかねない零細なもので。それに、競合チームの母体企業に、直接、支援を受けるような状況は、リーグ運営の公平性からしても、やはり、避けるべきでしょう。これでよかったんだと思います」
ふむ、と黒須はうなった。
「それにしても、男子部と組むとは、な。伊東もよくやってはいるが、いかんせん、あいつら、金がなさ過ぎる。知ってるか。男子部、今、小学校にいるっていうじゃないか」
「ご招待いただきました。なかなか乙なお住まいでしたよ」
「乙かね。伊東は君たちの練習施設も面倒を見る、と言っていたが、完成は、当分、先らしいな。それまでは、まさか、例の小学校に行くのか?」
「いいえ。特に、水回りが、ちょっと女子チームにはつらいだろう、ということになりまして。ロケッツさんの施設が完成するまでは、舞浜大学さんにお世話になります」
「といっても、そこまでの施設ではあるまい。せめて、男子部が移転するまでは、ここを使わんか。いや。移転しても、ここがいいと思うがな」
「お金が、ありません」
みさとは大仰に肩をすくめてみせている。
「そこは、なんとか工夫しよう。聞いているかどうかは知らんが、男子部の新しい施設、ろくなものじゃないぞ」
「はあ」
「今の小学校とやらも、いいかげんへんぴな場所にあるらしいが、次も負けず劣らずと聞いたな。確か、幸区だったか。西の果てだぞ」
ひょんなところで幸区の名前が出てきた。静が生まれ育った鶴ヶ丘は、舞浜市幸区の一地区だ。確かに田舎ではあるが、侮られるほどでもないはずである。
この分では、さぞかし、と義姉を見ると、静の予想は当たった。怒っている。表情が硬い。
と、
「郷さん!」
突如、みさとが叫んだ。
「はい」
淡々と尋道は応じている。
「任せていい? 私、やることができた!」
「わかりました」
うなずいたみさとは、なんと、孝子の手を取った。
「あんたも来て! ビッグな話になるかも!」
孝子を引きずって、みさとはカフェラウンジを飛び出していった。おそらくは、みさとの機転だろう。義姉が炸裂する前に処理したのだ、と静は判断した。
「おいおい。どうした」
あっけにとられた様子で黒須は立ち上がっていた。
「さあ」
みさとに変わって中央に出た尋道は首をかしげた。
「まさかに、住んでいる場所を、いいかげんへんぴ、と侮られて、むっとしたわけでもないでしょうが」
ロケッツがよる小学校と同区に斎藤みさとの在地はある、と尋道の説明だった。
「や。これはしまったな」
顎に手をやった黒須は失笑だ。
「あるいは、負けず劣らず、と言われた幸区の方が怒りだす前に、連れ出したか」
「ん? 神宮寺君は、幸区か?」
尋道は応じず、腕組みをして、うつむいた。皆が固唾をのんで見守る中、三〇秒ほど同じ姿勢を堅持した彼は、ついに諦念の情を隠さず、首を振り振り、ミーティングの中止を宣言したのであった。




