第三〇七話 舞姫(二二)
小早川基佳の乗った沖縄発の便が東京空港に到着するのは、午後二時半の予定だった。カラーズの依頼を受けて、現地でキャンプを張る舞浜F.C.を取材していたものが、同キャンプの打ち上げと同時に戻ってくるのだ。舞浜F.C.は、基佳の恋人にして、カラーズがマネジメント契約を結ぶ佐伯達也の所属先である。
「後ろに入るか?」
「入れるしかない」
到着ロビーで待つ二人の前に現れた基佳は、カートの上に荷物の山を作っていた。
「お出迎え、ありがとーう」
三人は両の手のひらを打ち鳴らし合った。
「お前。送れよ」
早速、麻弥が大荷物をつつく。
「いや。身の回りとかは送ったの。これ、全部、お土産」
「買い過ぎだろう」
「帰りしなに奥村君がお小遣いくれちゃって。使い切らないと申し訳ないな、って思って」
「いくらくれた?」
「一〇万」
「すごいな」
「役得も、すごかったよ。あの奥村が親しげに話してる女がいるぞ。何者だ、って私が取材されちゃったり。ここぞと名前を売っておいたよ」
「奥村君って、そんなに変な人なの?」
「うん。いろいろ逸話があるし、実際に見てきたし。それは、また、茶飲み話にでもしよう」
基佳の荷物はウェスタのラゲッジだけでは収まらず、後部座席を片方畳んで、どうにか、という量であった。
麻弥の運転で車は発進した。
「向こうは、どうだった?」
「こっちほどじゃないにしろ、意外と寒かった。冬でも暖かい、って勝手に思ってたから」
「私、サッカーのことを聞いたつもりだったんだけど」
「あ。そっちか。うん。たっちゃん、いける。奥村君との呼吸はバッチリだし、あと、伊央さんも目覚めさせた」
「伊央?」
「あの、外しまくってた人だろ」
「ひどいな、正村さん。でも、もう、あの伊央さんはいないよ。たっちゃんが、取説を見つけた」
長い話になりそうな気配である。サッカーの話題には、とんと付いていけない孝子としては、軌道の修正を図りたいところだ。
「舞浜F.C.の三人で、ユニバースも有望だね。『中村塾』もいいよ。ユニバースの出場は堅そう」
孝子の言ったとおりに「中村塾」の活動は順調だ。重工体育館のアリーナでは、連日、塾の協力者である桜田大男子バスケ部との練習試合が行われている。当初は、あらがい得なかった相手だが、このごろでは試合になってきていた。世界最強のアメリカ女子バスケットボールチームを模した相手だった。そんな彼らと試合になっているのだ。主宰の中村憲彦も手放しで、その進歩をたたえていた。間違いなく「中村塾」の競技力は向上していた。
現在、『中村塾』には総勢一七人からの塾生がいる。開塾以来の、いわゆる一期生が、レザネフォル・エンジェルスから神宮寺静、サラマンド・ミーティアから市井美鈴、舞浜大学から北崎春菜と須之内景、那古野女学院高等学校から池田佳世、そして、高鷲重工アストロノーツから武藤瞳、以上六人。二期生に当たるのが、ウェヌススプリームスから広山真穂、志摩瑞穂、木崎美桜、山賀祐里、ナジコハミングバードからティアム阿弥、村上晴美、アストロノーツが追加で送り込んできた淵麻純、新原瑶、丹羽茜、SSCアイギスから出水咲織、アズラヴァルキューレから武田千春、以上一一人。計一七人だ。
「中村塾」の活動は三月いっぱいで終了し、四月には正式の全日本チームへと姿を変える。やがて一七人は一二人に絞られ、その先にあるのは、日本バスケットボール史上初となる栄誉だ。大言壮語ではない。「中村塾」ならば届く。この自負が彼女たちの士気を、ますます高めているのであった。
「ねえ! バスケも、本当に楽しみだよね!」
いい具合に基佳は食い付いてきた。誠に結構である。
「そうだ! 舞姫! 舞姫も、大きな動きがあったんだよね!?」
スポーツキャスター志望の基佳だ。興味もあろう、とみかん銀行シャイニング・サンの継承については概略を伝えていた。
「うん。決定」
「みかん銀行シャイニング・サン継承チーム(仮称)設立準備室」による申請が通り、チームの継承が決定したのは、つい昨日のことだ。最初に話が持ち込まれてから、まだ一〇日余りしかたっていなかった。早過ぎる。推薦人と保証人を兼ねた舞浜ロケッツ社長、伊東勲の威名が鳴り響いた形であった。
「話、詳しく聞かせてほしいな。できたら、ロケッツの伊東社長とか中村さんとかにも」
「いっそ設立ドキュメンタリーでも作ったら、どうだ? 舞浜ケーブルテレビへの名刺代わりに」
基佳は、広範なスポーツ活動への取材を敢行する、と名高い舞浜ケーブルテレビ株式会社を就職先の第一候補と定めていのだ。
「いいね! やりたい!」
「どうする? 疲れてないなら、SO101に行っとくか? 斎藤がいるはず。細かい話が聞きたいなら、まずは斎藤だな」
「行く。絶対に行く」
進路は切り替えられた。基佳の実家がある舞浜市幸区緑が丘から南区千鶴の舞浜大学千鶴キャンパスだ。
……孝子とすれば、首尾よくサッカーの話題をかわしたと思ったら、想定外の展開ではないか。舌打ちの一つも鳴らしたい心持ちであったが、実際にやらかすわけにもいかぬ。話を転がすのが下手くそな自分を呪うしかないのだろう。まだまだ甘い、ということだ。




