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未知標  作者: 一族
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第三〇六話 舞姫(二一)

 順番では孝子が「中村塾」への送迎を担う日だが、さりげないふうを装って、麻弥は朝食の席で言い出したものだ。

「今日、二人は私が送っていくよ。ちょっと帰りに画材を見てきたい」

「行ってらっしゃい」

 にたりと見送られた理由に思い至ったのは、SO101に一番乗りしていた尋道の顔を見た瞬間だ。

「あ。お前、もしかして、私たちと会う、って孝子に言った?」

「ええ」

「あいつ、それで、薄ら笑いしてたのか。言ったら駄目なのかと思って、うそついちゃったよ」

「そうならそうと言いますよ。どうぞ」

 ワークデスクに着いた麻弥の前にコーヒーが供された。

「ありがと」

 黙々と飲んでいると、みさとも到着した。彼女の分のコーヒーを尋道が用意するのを待って、ミーティングの始まりだ。

「まずは、僕が岡宮鏡子こと神宮寺さんのマネージャーになった経緯をお話ししましょう」

 昨年の初夏だった。麻弥、みさと、尋道の三人が、大学三年生となって、就職活動を横目ににらんでいた時期である。

「神宮寺さんのおばさんに呼び出されたじゃないですか。一向に神宮寺さんが頼ってくれないので、こっそりカラーズに入れてくれ、って話と、助太刀して、稼がせるから、三人はカラーズにとどまれ、って話をされましたが、覚えていらっしゃいますか」

「当然」

 みさとが当時を思い出して、しきりにうなずいている。

「居心地のいい会社なので、申し出自体はありがたかったのですが、お二人と比べて、僕は無芸なもので。おこぼれにあずかるばかりでもいけない、と。いろいろ考えていたんですよ」

「へ? そんなの、あったん?」

「うん。私も一緒になってな。ほら。私たちって、カラーズでは地味だろ。それで」

「どこが地味ですか。正村さんにはグラフィックTがあるでしょう。僕には、本当に、何もないのでね。どうしたものかな、と思案に暮れていると、見かねた神宮寺さんが声を掛けてくれたんですよ」

「そうだ。思い出した」

 まさに、このSO101で、孝子、麻弥、尋道の三人で就職活動について話し合っていたときだった。尋道の述懐を聞いた孝子が、突如、豹変し、麻弥は室外に追いやられた、ということがあった。聞くに聞けず、そのうち、うやむやにしてしまったが、あの場で就任要請が成されたのか。

「ご明察です」

「え。なんで黙ってたん。郷さんのマネさん就任自体は、適任だと思うけど、さ」

「それは、依頼主の意向に沿って、ですよ。なんで黙ってた、と言われれば、なんで教えないといけないんだ、と神宮寺さんなら言うでしょうからね」

 尋道は笑って続けた。

「あくまでも、個人の趣味の延長線上にある活動に過ぎず、他の誰に迷惑を掛けているわけでもなし。ならば、黙っていたって問題はない、と。お説ごもっともじゃないですか」

「そりゃ、そうだけど……。いくらなんでも、つれなくない?」

「あの方に、そういう考えは皆無ですね。関係ない、の一言で終わりですよ」

「いや。郷さんの話。教えてくれたっていいじゃん」

「一度、引き受けた以上、背信はしません」

 道理である。さすがのみさとも一歩を引いた感があった。

「それに、道義的な責任を抜きにしても、相手は、あの神宮寺さんですよ。僕は、それほど、あの方と親密ではない分、あの方の性格を端的に把握できていると思っていましてね。強硬といって、冷淡といって、あんなにもすさまじい方も、なかなかいません。曲げて、ご了承いただきませんと、大変なことになります。あの方は譲りません。もしも、どうしても我慢できない、とおっしゃるのでしたら『でいり』ですよ」

 初っぱなで勝敗は決した感があった。みさとが一敗地にまみれた以上、のこのこ麻弥が出ていったところで、どうにもならない。蜂の巣になるのが落ちだ。

 長くなると予想していたミーティングは、ものの三〇分で終わった。取り付く島もない尋道に、ほうほうの体で二人はSO101を出た。防衛戦の勝利者は居残ってカラーズの業務にいそしむという。

 同行したい、と言ったみさとを連れて海の見える丘に帰り着くと、玄関に孝子が出てきた。

「おうおう。けちょんけちょんにやられたな、これは」

「やられたよ」

 みさとが孝子に組み付いた。

「岡宮鏡子さまが全幅の信頼を置くマネージャーだよ。残念だけど君たちごときでは相手にならない」

「それは、まあ、思い知った」

「どんなふうにたたきのめされたの? コーヒーでも飲みながら聞こうか」

 LDKに場を移し、麻弥とみさとにとっては、本日、二回目となるミーティングが始まった。

 孝子は笑いっ放しだ。特に「でいり」の言葉選びが気に入ったらしい。

「いいね。そういう人間、ってわかっていてもらえると、こちらも気が楽」

「否定しないんだな」

「しないよ。うんうん。マネの優秀さを再確認できて、私は満足。これに懲りたら、岡宮の存在はきれいさっぱり忘れて、二度と思い出さないでね」

 満面に笑みを浮かべて、なんたる言い草だろうか。が、譲らない、と優秀なマネージャー氏が保証した相手だ。甘受以外の選択肢はない麻弥とみさとなのであった。

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