第三〇四話 舞姫(一九)
「たーちゃん! まじか!?」
「お姉さん! 初めて聞きましたよ!」
孝子に迫ってきた美鈴と佳世は尋道によって制された。
「落ち着いてください。ついさっき言いましたよ。求道者、と」
「え……?」
「求道に他との接触は無用です」
「でも、プロなんでしょ? 歌とか曲とか出してないの? 出してるんだったら、聞いてみたいし、応援したいじゃん」
「そういう交渉は、一切、必要ないので、秘密裏にやってきましたし、以後も、その姿勢に変わりはありません。これに関して要請しておきますが、こちらがプロであることは、口外しないよう、深くご留意ください。何とぞ、よろしくお願いします」
尋道の、あまりの物言いに、岡宮鏡子の事情をおぼろげにでも知る春菜以外は固形化してしまっている。
「私の話はもういいよ。歌舞の話に移ろう。近いうちにトーアの劇場を見てもらえるよう手配します。そうしたら、いきなり妙ちきりんな代物が出てきた理由も、わかってもらえるかも」
それ以外には今の時点で伝えられる何物もない。孝子は尋道にうなずいてみせた。
「以上、だそうです」
「え。終わり?」
「終わりです。思っていたよりも好意的に受け止めていただけたようで、安心しました。具体的な動きは選手がそろってからになるでしょうし、それまでは心の片隅にとどめる程度で結構ですよ。劇場の件は、先方の都合と『中村塾』のお休みとの兼ね合いもあって、いつとは言えませんが、できるだけ近々にお招きできるようにします。それぐらいですね。貴重な休憩時間に集まっていただき、ありがとうございました」
閉会の辞の後も、五人は動かない。一方的だった、とは思う。さりとて、決定事項はほとんどなく、この上、追加のしようもない。
「じゃあ、解散」
「たーちゃん、待てよー。ボイスティーチャー、もっと親身になれよー」
「ボイスティーチャーはメインボーカルを縛り上げた上で千尋の谷に蹴落とすんだよ」
「鬼かよ!」
孝子は美鈴を凝視した。適当に放言したものの、歌舞の成功は自称のメインボーカルに掛かっている、といってもよいだろう。大黒柱の存在が、不得手たちの支えになる可能性は、大いにある。
「やべえ。めっちゃにらまれてる」
「ミス姉は、好きなアーティストはいるの?」
熱心に追っているアーティストはいない、と断った上で美鈴が返してきたのは、日本の六人組男性アイドルグループ「Asterisk.」の名前だった――だった、といって孝子は名前を聞いてもわからず、尋道に問うたのだが。
「私にも、歌えそう?」
「それは、神宮寺さんなら、なんだって歌えるでしょうけど」
「ダンスとかは、やってる?」
「アイドルの必須スキルですし。多分。ミュージック・ビデオを見てみたらどうです?」
「ミス姉、一番、好きな曲は?」
「『Shooting Star』って曲を、つい最近出したのね。ほら。私のチーム、ミーティアじゃない? 親近感で好きになった」
聞き出した楽曲名をスマートフォンで検索し、見つけたミュージック・ビデオを再生する。
一回、視聴したところで孝子は顔を上げた。依然としてカフェラウンジには五人がいた。
「もう何もありません。どうぞ、引き取ってください」
「え。結局、何もしないん?」
「今は」
そう言って孝子は、再度、ミュージック・ビデオの視聴を始めた。
「何かやっておくことはありますか?」
尋道がのぞき込んできた。
「……振り付けだけを抜き出した映像が欲しい。ミス姉には、この曲で歌舞に慣れてもらおう、と思って。このミュージック・ビデオ、顔のアップばっかりなんだけど」
「調べたら作曲が剣崎さんでしたよ。問い合わせてみます」
「あの人も手広いね。なら、歌とダンスをかっちりと合わせるのは、後でいいか」
二度目の再生が終わった。孝子はスマートフォンをテーブルに置いたまま立ち上がった。三度目の再生に合わせ、部分的に確認できた振り付けで踊りながら歌を口ずさむ。途中、手拍子が始まった。帰れ、と言ったのに、まだいたのか。
孝子は歌を切り上げ、椅子に戻った。スマートフォンに目をやる。画面の中ではきらびやかに着飾った六人が揺れ動いていた。
この歌でいいのではないか。ミディアムテンポで、振り付けも、それほど激しくない。試合を終えてやる歌舞には、これぐらいが限度と思えた。何より、美鈴の好きな歌が剣崎の楽曲だった、という偶然が運命的だ。こてこてとした歌詞だけは、バスケットボールと合わない気がして、なんとかしたいが……。そうだ。アーティに頼めばよい。作詞を始めたと言っていたし、チームを手伝うとも言っていた。
どうやら全てがうまくつながったようだ。




