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未知標  作者: 一族
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第三〇〇話 舞姫(一五)

 応接室では、まず、伊東による聞き取りが始まった。みかん銀行シャイニング・サンの継承についてのカラーズの計画だ。といっても披露できるものは少ない。バスケットボールチームの運営に特化した新会社の設立、新会社の社長に中村憲彦、その補佐に井幡由佳里――ぐらいである。あとは、ロケッツから提示されたホームアリーナと活動拠点だろうか。

「なるほど」

 うなずきの直後に、伊東の猛攻が始まった。

 真っ先に提示されたのは「みかん銀行シャイニング・サン継承チーム(仮称)設立準備室」の設置だ。準備室の室長には伊東が収まって、日本リーグとの折衝を受け持つ、という。カラーズ陣営で、唯一の専門家といえる井幡由佳里は、所属する東京EXAの活動、それが終われば、全日本の活動、と身動きできまい。活動は必ず足踏み状態に陥る。ここは、大いに自分を使ってほしい、と伊東は言う。

「みかん銀行シャイニング・サン継承チーム(仮称)設立準備室」は、チームの創設後に「みかん銀行シャイニング・サン継承チーム(仮称)、舞浜ロケッツ企業連携室」へと名称を変える。室長は伊東が引き続き務め、チームの運営をバックアップする。ロケッツが実際に運用しているシステムの提供や人材派遣に加えて、スポンサー、サプライヤーの紹介も行う。至れり尽くせりだ。

 さらに、伊東は選手の受け入れまで持ち出してきた。彼女たちは競技を退いた後も、引き続きロケッツに勤務できる。選手の保有はチームの課題だった。カラーズ、運営会社共に小規模だ。自社で人数を抱えられない。スポンサーに選手の受け入れを要請する必要があったが、その手間もなくなった。

「ただ、こちらも大企業ではないので。女子部のように、毎年、新人を、というわけにはいきません。そのあたりは中村とよく相談してみてください」

「わかりました。それにしても、あまりによくしていただいて、正直、戸惑っています。本当に、よろしいのですか?」

 あまりの厚遇に、みさとも困惑気味である。

「もちろんですとも。それほどにTHIアリーナを無血撤退できるのは大きい。どうぞ、遠慮なさらないで。要望があれば、どしどし申し付けてください」

「はあ」

「差し支えなければ、日本リーグへの申請は、私が行いましょうか? 舞浜ロケッツのきょうだいチームとして推させていただきます」

「きょうだいだなんて。アストロノーツさんがいらっしゃるじゃないですか」

「昔はきょうだいでしたがね。今は、本家のお嬢さんと分家のでっちぐらいの差があります」

 停滞しかかった空気をかき回したのは尋道だった。

「いくら考えても名家の事情は下々にはわかりませんよ。素直に厚意だけを受けるとしませんか?」

「そうだね」

 孝子も応じた。

「そうしてください」

 伊東の提示に付け加える余地はなく、ミーティングはここまでとなった。見学に誘われて、孝子たちは伊東を先頭に校内をぶらつく。道中、致命的に弱い、と評された住環境を次々と目の当たりにして、四人はため息しかない。

「あのさ。ここ、男子なら我慢できるかもしれないけど、女子はきつくないか?」

 顔をしかめて言うのは麻弥だ。浴室として使われているプールの更衣室を見た帰りである。薄暗く、だだっ広く、小汚かった。

「まあ、ねえ。伊東さま。launch padの完成って、いつごろになりそうですか?」

「ざっと、三年、ですね。可能な限り、急ぎますが」

「実際にチームが始動するのが、来年の四月として、それでも、二年か。どうやって乗り切りますかね」

「市井さんたちの話も聞いたほうがいいでしょうね。厳しい、となれば、例えば、二年間、どこかの施設を借りるとか、検討しなくてはいけないかもしれません」

 そうと決まれば、とカラーズの四人は行動を開始する。重工本社まではロケッツの女性社員が送迎してくれた。

 メインアリーナは無人であった。「中村塾」も、アストロノーツも、午前と午後の練習の間には二時間の休憩を入れる。ちょうどそこに当たってしまった。待つことにした四人は隅に寄って座った。

「いやあ。とんとん拍子ですなあ」

 みさとが、行儀悪く、ごろりと横になった。

「ロケッツさんのプッシュで、ほぼ継承は決まったようなもんだね。となると、チーム名はどうする?」

「任せます」

 孝子と麻弥も右へ倣えだ。

「ちょっとー。熱くなろうよ。こういうのが楽しいんだよ? 決めた。一人、最低、一つは候補を出すべし」

「無難に名前も継承するとか」

「嫌なこった。弱い、つぶれた、って。縁起が悪い」

 麻弥の提案は言下に却下された。

「では、『舞姫(まいひめ)』で、どうです?」

「ほう?」

 みさとが起き上がった。発言の主は尋道だ。

「神宮寺さんはいらっしゃいませんでしたが、前に、舞浜ケーブルテレビの会見に行ったじゃないですか」

「ああ。あの、女の子の縫いぐるみか。あの子、舞姫、っていうの?」

「ええ。あの子は、ひらがなで『まいひめちゃん』でしたが、チーム名は漢字でどうでしょう。あの縫いぐるみをチームのマスコットにさせてもらうのも、面白いかもしれません。舞浜ケーブルテレビは重工グループの一員ですし、話も通しやすいかと」

「それにしよう」

 漢字とは、なかなか清新の気であったし、何より思い付かぬ。孝子は無造作に賛意を示した。麻弥とみさとも続いて、決まりだ。

 最終的なチーム名は「神奈川舞姫」となった。舞浜の地名を諦めたのは字面の問題であった。

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