第二九九話 舞姫(一四)
舞浜ロケッツのオフィスは、舞浜市の北西部、碧区碧町にある。なんと、廃校となった小学校を活用しているのだ。抜群の広さを誇る施設だけに、ロケッツの活動の全てを集約した一大拠点となっているそうな。
「碧町小に通ってた子たちの転校先になったうちの一つが、わが母校の碧北小なんだ。あっちのほうが、二〇年ぐらい建物が新しいんだよね」
隣の碧区碧北に在住するみさとの語りである。
「なんだ。お前、知ってたのか」
「碧町小が廃校になったのは知ってた。そこにロケッツさんが入った、っていうは知らなかった。隣町のこったしね」
いつか車は碧町に入っていた。住宅地らしい狭い道幅を伊東はそろそろと抜けていく。
「家もたくさんあるし、人、いそうだけど、それでも廃校になるんだ」
麻弥のうめきが聞こえてきた。
「子供がいないんだよ。あんたは鶴ヶ丘育ちで、よくわからないだろうけど、団地なんて、どこも、こんなものだって。鶴ヶ丘は美幸さまを中心に、町のアンチエイジングがうまくいっている珍しい例なの」
「言われてみれば、朝とか、割と子供、うじゃうじゃいるよな。鶴ヶ丘は」
「でしょう。私、結婚したら、鶴ヶ丘に住もう、って思ってるもん」
「ええ……? お前、もう、そこまで考えてるの? あ。これか」
たわいないおしゃべりが途切れたのは、碧町小学校に到着したことによる。
「はは。あいつら、何をやってるんだ」
伊東がつぶやいた。車が裏手の車両門に回った時だ。門の周囲に人だかりができていた。四〇人はいるようである。大柄な外国籍の男性の姿も見て取れることから、選手も交ざっている、と知れた。
「ロケッツの方たちですか?」
「ええ。首尾よく運べば、こちらに皆さんをご案内する、って言ってあったんですよ。さあ。あいつら、喜ぶぞ」
車がとまった。降りるなり、伊東は待ち構えていた人たちに、右腕を天に突き上げてみせている。大歓声に続いて万歳が始まった。孝子たちが出ていくと、今度は、拍手に変わる。
「なんというか、皆さまの喜びようで、THIアリーナの重さが伝わってきますね」
喧噪が収まり、カラーズの紹介が済んだところで、みさとが口火を切った。
「ええ。重かった。本当に、重かった。それも、カラーズさんのおかげで、終わりです。いろいろ、動かせるようになる。喫緊が、ここでしてね」
「やっぱり、使いにくいですか?」
「使いにくいですね。元々、生活をする場所じゃないので、住環境が致命的に弱いです。風呂なんて、プールの更衣室に、折り畳みの浴槽を置いたりしてね。食事は、給食室の隅っこにテーブルを置いて、そこで、とか。一応、二階に寮もあるんですが、みんな、速攻で逃げ出していきますよ」
無理、無理、と声を上げているのは入寮経験のある選手だろう。
「カラーズさんは、チームの継承が決まった場合、ベースは、やはり、重工の体育館に?」
「使えたらいいんですけど。相当、高いそうじゃないですか。私たちには払いきれませんわ。ちなみに、伊東さま。あそこの使用料って、どれくらいだったんですか?」
「ざっと一億五〇〇〇万ですね。年の維持管理費の、おおよそ半分を出されました。バスケ部しか使ってないので、仕方ないとは思いますが、でも払えない」
「その額は厳しいですね」
「しかし、あなた方からも取る、と言ってきたんですか?」
眉をひそめながら伊東が問うてきた。
「ロケッツさんが忌避したほどの額ですよ。そのまま供与されてしまいますと、うちがとんでもない額の法人税を払う羽目になります」
「なるほど。では、こちらにいらっしゃいませんか。使いにくいですが、当座のしのぎにはなりましょう。その後は計画中の新拠点にお連れします」
チーム名にちなんで「launch pad」と仮称されている施設への招待だった。
「すごい! もう具体的なお話になっているんですか?」
「当たりを付けている場所は、いくつか。アリーナ移転が正式に決まれば、一気に動かします」
「いいですね。あとは、一チームで考えていたものを、二チーム分とすることで生じる差額が、どれほどになるか。うちに出せる額ならいいのですけど」
「勉強しますよ。利益供与にならない程度に」
「はい。期待しております」
「さあ。立ち話もなんです。中へ、どうぞ」
一行は伊東に導かれて校舎に足を踏み入れた。ロケッツのオフィスには職員室が充てられていた。
「おお。学校みたい」
職員室の入り口付近で、それぞれのデスクに散っていく社員たちを見ながら、みさとが言った。選手、スタッフらはトレーニングに戻っていったので、室内にいるのは二〇人余りだ。
「では、さしずめ私は教頭ですかね」
そう言って伊東が示した彼のデスクは、職員室の一番前に、社員たちを一望する向きで据えられていた。
「最初は、校長室を社長室として使おうか、とも思ったんですが。一人でいてもつまらないな、と思って、ここにしました。多分、皆は嫌がっているでしょうがね」
伊東の声が聞こえたのであろう。至近のデスクにいた何人かが笑っている。
「では、始めましょう」
ミーティングは職員室に隣接した応接室で行われる。そこは、在りし日の碧町小学校で、校長室として使われていた部屋であった。




