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未知標  作者: 一族
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第二九話 春風に吹かれて(一二)

「おはようございます!」

 舞浜大学千鶴キャンパス最寄りの、その名も舞浜大学千鶴キャンパス前駅では、今日も改札の外に北崎春菜が待ち構えていた。同じ法学部法律学科で、同じ時間割を組んでいる孝子と春菜は登校時間も重なる。通学に使う電車の時間を問われ、だいたいの時間を教えるや、出迎えが行われるようになったのだ。

「おはよう、北崎さん」

「おう。おはよう。久しぶりな気がするな」

 孝子と麻弥は週に一度だけ登校時間が同じになる日がある。この日は、その週に一度の日だった。同じ講義を受けていない麻弥と春菜が顔を合わせるタイミングは、基本的にこの時しかない。大型連休で週に一度が、一回、飛んだことにより、二人は半月ぶりぐらいの再会となったのである。

 高架駅である舞浜大学千鶴キャンパス前駅から伸びる陸橋の一つは千鶴キャンパスに直結している。陸橋を下り、大学の構内に入ったところで孝子と春菜、麻弥はそれぞれの目的地に向かうために別れた。孝子と春菜は共通講義棟、麻弥は商学部棟である。

「……そういえば、お前たちって、昼はいつもどこ?」

 歩きかけた麻弥が首だけを二人に向けて言った。

「学生会館の食堂」

「……そう。じゃあな」

「うん。じゃあね」

「はい。行ってらっしゃいませ」

 雨がちだったゴールデンウイークから一転し、晴れ渡った朝のひとこまである。

 その日の昼休憩、麻弥に言ったとおりに孝子と春菜は学生会館の食堂で昼食を取っていた。大混雑の中、二人掛けのテーブルに着き、孝子は持参した煮物とあえ物だらけの弁当、春菜はレバニラ定食のライスを特盛りである。

 二人が食べ始めてすぐ、食堂の入り口に麻弥が姿を見せた。手には小さなレジ袋を提げている。

「おっす。ここは相変わらず混んでるな。入学してすぐに、この混雑が嫌で逃げたんだ」

 孝子が尻を半分ずらして空けた座面に、麻弥も尻を半分だけ乗せて座る。

「椅子、持ってきましょうか」

「いや、いい」

 レジ袋から取り出したサンドイッチ、缶コーヒーをテーブルに並べながら麻弥は言った。

「すごい盛りだな。やっぱりアスリートは違うんだな。寮の食事も、こんな感じなのか?」

 麻弥の視線が春菜のライスに注がれた。

「いえ。私は寮には入ってませんよ」

「寮じゃないのか? じゃあ、一人暮らし?」

「はい。私、集団生活は嫌いなので。中学、高校も自宅でした」

「ふーん。じゃあ、自炊か」

「自炊、というか。近くにスーパーがあるので、そこで総菜を買ってきてるだけですけど。お米だけは炊いてます」

「ああ、それで……」

 麻弥の声には得心の響きがあった。

「どこに住んでるんだ?」

「汐見です」

「汐見っていったら、隣か」

 南区汐見は「臨海産業団地」南区千鶴の西にある地区である。

「はい」

「学生マンションか、何か?」

「いいえ。普通のマンションです」

 孝子はあえて口を挟まず、二人の会話を聞いている。朝の様子で、麻弥に何か気掛かりがあるようだ、とは察していたのだが、どうやら春菜のことだったらしい。

「お前たち、今日の講義は何時まで?」

「四時限までです」

「じゃあ、それが終わったら……。あ、部活があるか」

「なんでしょう。部活は気にしないでください」

「いや、一人暮らしのありさまを見てみたい、と思ったんだけど」

「いらっしゃいますか。ぜひ、遊びに来てください。ごちそうします。ついでに晩ご飯もいかがですか?」

「いいな。じゃあ、四時限が終わったら待ち合わせするか」

 言うと、麻弥はテーブルに出したままだったサンドイッチの封を切って食べ始める。孝子は手を伸ばして缶コーヒーを取ると、タブを引いて開口し、缶を麻弥の前に戻す。そして、二人のまなざしとほほ笑みの往復を、にこにこと春菜が見ている。

 学生食堂は、いよいよ盛況の真っただ中だ。

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