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未知標  作者: 一族
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第二九三話 舞姫(八)

 舞浜大学千鶴キャンパスに向かう車内にはカラーズの四人が乗っている。運転を麻弥、助手席は孝子、その後ろに尋道、右がみさとという配置だ。

「斎藤さんはすごいですね」

 ぽつりと尋道が言った。

「突然、なんだよ、郷さん」

「よく黒須さんを抑えてくれました」

「ああ。なんか、言い回しがおかしい、って思ってたけど、やっぱり、わざとだったか」

「絶対、首を突っ込んでくる、なんとかしてくれないか、って郷さんに言われてね。やってやったよ。ただ、あれだけ予防線を張っておいても、隙あらばだったし。もう一押しが必要かもね」

「随分と警戒してるのな」

「だって、あの人、神宮寺と相性が悪いじゃん?」

「もう少し娘の性格を理解してくれたらいいんだけど」

 夫人との間に子を授からなかったがため、夫妻の気性を受け継いだような孝子を娘のように慈しんでいる、といわれる黒須だった。

「少し接すれば、神宮寺さんのパーソナルスペースは強大とわかりそうなものですけど。適性がないのでしょう。今後も、あの方がコミュニケーション能力に開眼する可能性は低いとみて、そのつもりで対策を練る必要がありますね」

「ひどいこと言うな、郷さん」

「あの方は僕も苦手なので。さあ。われらがCEOを、どうやって守りましょう?」

「両輪」の一が提起すれば、応答するのも「両輪」の一だ。

「……中村さん、って、さあ」

 カラーズのみかん銀行シャイニング・サン継承に当たって、ヘッドコーチ職を請け負うと名乗り出た彼だが、より広範な協力は求められないものだろうか、とみさとは続けた。

「どういう意味ですか?」

「ちょくちょく話をする機会もあって、思うようになったことなんだけど、とても堅実な方だよね。アストロノーツのコーチを蹴飛ばして、神宮寺の下にはせ参じるような、義理人情に厚いところもあって。すごくいい方だよ」

 孝子はうなずいた。そういう人物だからこそ、自分も「中村塾」の活動に力を貸そうと思ったのだ。

「何より、黒須さんとの信頼関係があるのが大きい。どうかな。中村さんをトップに据えた運営会社を立ち上げる、ってのは?」

「また、お前、会社か……?」

 麻弥の声は懐疑的である。カラーズの設立を強行したのがみさと、という故事に基づくものだ。

「いえ。妙案かもしれません。このままいけば、中村さんたちはユニバースで素晴らしい結果を残すと思うんですよ。そういう方をトップに迎えられれば、対外的なインパクトは大きいんじゃないですか?」

「そうそう」

 尋道の追従にみさとはご満悦となっている。

「クラブチームとして活動する以上は、ステークホルダーとの付き合いも大事になってくるけど、どう考えても神宮寺にはうまくやれないし。そのあたりも中村さんに担ってもらえたら、いいよね」

「ばかにしてるの?」

「黒須さんもステークホルダーよ?」

「みさと、いい女」

 親友のお調子者ぶりに失笑していた麻弥だが、不意に、そうだ、と声を上げた。

「井幡さんも、もしかしたら、協力してくれるかも」

 全日本女子バスケットボールチームのマネージャー、井幡由佳里は中村が教員時代に指導した教え子だ。恩師に傾倒し、バスケットボールへの関わりを持ち続ける彼女は、現在、東京EXAという男子プロバスケットボールチームでマネージャーを務めている

「EXAは、割と、ぱっとしない感じの中小のチームで、さ。そこに勤めてる井幡さんなら、いろいろ切ない事情に通じていると思うんだ」

「それは興味深い。あわよくばヘッドハンティングしたいですし、無理でも、助言はいただきたいですね。併せて、中村さんにお願いしてみましょうか」

 中村に示す待遇を詰めてから、とカラーズは、この日の行動を控えたわけだが、そのため出遅れることとなった。といっても、悪い意味ではない。井幡に先を越されたのだ。

 翌日、春菜と佳世を送迎するため重工本社を訪れた麻弥は見た。体育館の北側エントランス前で仁王立ちする井幡の姿だった。

「正村さん。話は聞きました。私もカラーズさんのチーム継承に協力させてください」

 急襲を受けた麻弥は、懇々と語られたものだ。志望動機として披露された井幡の事情を追ってみる。

 高校時代に指導を受けて以来、中村に傾倒し続けてきた井幡である。当然、進学先は彼と同じ桜田大学だ。

 卒業後は桜楽繊維工業株式会社に就職した。桜楽繊維の抱えるスポーツアパレルブランド、アウラのバスケットボール担当として、中村に接近を図ろうとしたのだ。この野心はゴルフ事業部に配属されて頓挫した。

 失意のさなかにあった井幡は、地元の鷹場市に設立された東京EXAに勧誘され、ゴルフに関わっているよりは、と転職を決めた。すると、折よく中村がアンダー世代のヘッドコーチに就任の報だ。周囲を説き伏せ、押し掛けでスタッフに就いた。

 そして、今、カラーズと中村の共闘で、恩師との距離を縮める絶好機が到来した。条件は問わない。なんとしてでも絡ませてくれ、と鼻息荒く井幡は迫ってくる。カラーズとしては、労せずして貴重な人材を手に入れることがかなうのだ。断る理由はない、といってよかっただろう。

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