第二八九話 舞姫(四)
確認すると、みさとと尋道は、まだSO101にいた。しかも、カラーズ、チームを持たば、というテーマで討論中だったらしい。瞠目すべき偶然ではないか。孝子と麻弥は急ぎ舞浜大学に戻った。
「おう。以心伝心だね」
SO101に飛び込んだ二人をみさとの大声が迎える。
「どんなあんばいになった?」
孝子はみさとの隣の席を占めた。
「あんばい、っていっても、お金の話してただけよ」
「次から次へと、よく出てくるな、って。感心してましたよ」
「こっちも、言ったそばから、よくけちを付けてくれるな、って。感心してたよ」
「いちゃつかないで、カラーズの『両輪』」
例えば、舞浜大学との産学連携だ。舞浜大学のベンチャー支援へ応募した際に、お題目として唱えた、それ、を今こそ実行する。施設の利用や部員による協力で、チーム運営のコスト削減につなげることが可能となる、とみさとがぶち上げれば、一方的な利用は連携とは呼ばないのだ、と即座に尋道が返す。バスケ部員に協力を仰ぐぐらいなら難しくはないだろうが、施設の利用まで踏み込めば大学との折衝が必要だ。相応の実入りを提示できなければ、先方も首を縦には振るまい。
「斎藤さんはなんて返したの?」
「お説ごもっともでございます、って」
「負けてるじゃない」
「いいんだよ。今は、たたき台を作ってる段階なんだよ。徐々に成形していって、最終的な案ができあがるのさ」
「他には、どんな話をしてたの?」
「カラーズの規模じゃ、そもそも成り立たない、って話は置いておいて、実業団か、プロか、ってな話も」
「プロ? え、無理だろ……?」
「いえ。プロのほうが長い目で見れば楽な場合もあるそうで。確かに、選手の競技力が低下したら契約を解除すればいいだけですし。その点、実業団は選手との間に雇用契約が結ばれているわけで、そう簡単に切るわけにはいかない、と」
「お前、よくそんなこと思い付くな」
「悪い。今のを言ったのは私だ」
みさとが笑いだした。
「ただ、短期的には金がかかるわな。他の企業の社員選手と同程度しか払えないなら、どこがプロ選手か、ってなる。こっちに来る選手は、まずいないでしょうよ。かといって、二倍、三倍、出せるか、といったら、厳しい。人件費だけで億とかいっちゃうわ」
「では、現役を引退した後も、ずっとカラーズで面倒を見られるのか、というと、こちらも厳しい。現状、この四人で足りるぐらいの業務しかありませんしね」
「契約社員、って手もあるにはあるんだ。ただ、競技を離れたら退社ってなると、本人はもちろん、親御さんや指導者の人に敬遠されそうだよね」
「安くてもプロのほうがまし、と思われるかもしれませんね。社業の時間で自己研さんに充てられる、と」
「やっぱり、そう簡単にはいかないのな」
両手で頬づえを突いた麻弥がうめいた。
「協賛してくれる企業に選手を散らして、そちらで面倒を見てもらうように取り計らえば、カラーズの負担は最小になりますね。これも、うまい具合に協賛先が現れたとして、先方だって、毎年、毎年、選手を送り込まれても困るでしょう。じっくり育てていく形になりますかね」
「現実的には、それしかない気がする。実業団じゃなくて、クラブチームだね。となると、実際、その形式で動いてるチームの内情とか知りたいよね」
「あるの?」
「女子バスケですと、日本リーグのゼネラルパワーリッカーズが、そうです」
「ゼネラルパワーって実業団じゃないのか?」
株式会社ゼネラルパワーは、再生可能エネルギー業界の雄だ。
「ゼネラルパワーリッカーズのゼネラルパワーの部分はネーミングライツです。昔は山越製菓リッカーズといって、山越製菓の実業団だったそうですが、親会社の撤退を受けて、クラブチームとして再出発しました。その際、ゼネラルパワーがネーミングライツの要請に応じたんですね」
孝子は身を乗り出し、麻弥の肩に手を置いた。
「カラーズの『両輪』のやることだよ。私たちは黙って聞いていよう」
麻弥は口をとがらせたが、黙ってうなずいた。
「ゼネラルパワーは重工グループの高鷲エナジー傘下だよね。黒須さんか木村さんに頼めば、口利きしてもらえないかな?」
「お願いしてみる価値はあるでしょう」
「よし。じゃあ、次は、そっちの話を聞こうか」
とみさとは言うが、話せる内容は、ほとんどない。アストロノーツの運営費が、年に一〇億円を超えているらしい、という一点だけだ。
「一〇億? それは豪気じゃの。確かに、見せてもらっても、なんの役にも立たないわ。私たちが知りたいのはミニマムなんだよね」
「うん」
勢いよくみさとが立ち上がった。
「よし。ちょっくら重工に行ってくるかな。陣中見舞いついでに、木村さんがいたら口利きをお願いしてみるわ」
「乗せていこうか?」
「お。お願い」
カラーズの通常業務に移る、と言って居残る尋道をのぞいた三人が重工体育館に向かうと決まった。孝子と麻弥は朝っぱらから、あっちへこっちへと繁多なことである。




