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未知標  作者: 一族
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第二八七話 舞姫(二)

 孝子たちがSO101に入ったのは、午前七時四五分であった。室内にいた二人の先客のうちの一人、みさとが驚きの声を上げた。

「おい。早いな」

「佳世君がうるさくて」

 降って湧いた話に、佳世は断固として同行を希望してきた。後で聞かせる、と言ってもいっかな聞き分けない。仕方なく、「中村塾」が始まる前に済ませよう、と急行したわけだった。

「ほうほう。池田さんは乗り気か」

「乗り気も乗り気、大乗り気ですよ」

「郷本君も斎藤さんに呼ばれたの?」

 席に着いた孝子は、もう一人の先客である尋道に尋ねた。

「いいえ。この人、朝っぱらにうちに来たんですよ。そのまま連れてこられて」

「人の迷惑も顧みずに、本当に、この女は」

「この人、家でもカラーズのメールをチェックしてるんですね。熱心が過ぎて驚きました」

「郷本。すまん。こいつらを九時に間に合うように連れていきたいんだ」

「わかりました。レジュメです」

 尋道が、用意のぺらを孝子、麻弥、春菜、佳世に手渡す。A4判に箇条書きがなされていた。

「これに沿って説明していくよ」

『バスケットボール・ダイアリー』誌の編集長氏、山寺和彦からのメッセージを元に作成されたレジュメを、一同は順に追っていく。

 先般行われた日本女子バスケットボールリーグの臨時総会において、会員の株式会社みかん銀行は、所有する女子バスケットボールチーム、みかん銀行シャイニング・サンのリーグ退会を申請した。全ての起こりだ。

 最盛期には二部制を採用していた日本リーグも、加盟チームの相次ぐ退会を受け、一部一二チームに規模を縮小した運営体制となって久しい。みかん銀行が退会を申請した昨年の秋以降、これ以上のチーム数の減少を防ぎたい日本リーグは、八方手を尽くしチームの継承先を探ったものの、芳しい反応はなかなか、というのが実情だったようだ。

 この日本リーグの窮状を見かねて動いたのが山寺だ。シャイニング・サンの継承先としてカラーズを推薦した。カラーズは「至上の天才」、北崎春菜を擁している。日本女子バスケットボール界の至宝は、その天才故に、ひどく不安定な存在だった。世界最高峰の神技の持ち主ながら、競技への愛着は希薄な彼女である。例えば、ユニバースのメダルを置き土産に現役を引いたとしても、想定外ではない。彼女をバスケットボールにつなぎ留めておくためにも、カラーズがチームを持つことは有意義といえた。心酔するカラーズCEOの下でならば、「至上の天才」もバスケットボールとの関わりを断とうとはするまい。

 現状のカラーズは、零細のマネジメント事務所ないしはeコマース事業者に過ぎない。だが、侮るなかれ。その実、日本バスケットボール連盟会長、黒須貴一の秘蔵っ子が経営者を務める有望株なのだ。カラーズがその気になり、そこに、黒須の後援が加われば、シャイニング・サンの受け入れ態勢は瞬く間に整うであろう――。

 日本リーグは山寺の進言に関心を示している、という。カラーズさえよければ仲介させていただく。まずは、ご一報を、だそうだ。

「何を言ってるの。あの人は」

 鼻で笑う孝子だった。

「しかし、間違ったことは言ってませんよ。お姉さんが率いるチームなら、私、お金はいらないです」

「私も! お姉さんが率いて、北崎さんのいるチームなら、むしろ、私がお金を払ってでも参加したいです!」

「二人の気持ちはうれしいけどね。カラーズには先立つものがないよ。黒須さんの名前が出てたけど、あの人の後援って、要するに、重工のお金でしょう。重工にはアストロノーツがあるじゃない。その上、もう一つ、チームを持つ必然性がない。そこで、話は終わり。だいたい、同じ資本のチームが同じリーグにいたら駄目でしょう」

「関連会社までならセーフみたいよ。確かに、言われてみれば、日本リーグにはナジコと那古野ゴムとエヌテックが同居してるんだよね」

 那古野ゴム株式会社と株式会社エヌテックは、どちらもナジコ株式会社の関連会社だ。それぞれ、那古野ゴムレジーナ、エヌテックポインターズなるチームを日本リーグに参加させている。

「リーグの運営の公平性って観点からすると、よくない状態なんだろうけど、うるさくするとリーグが成り立たなくなるんだよ。きっと」

「斎藤さん。僕は、あまりそちらの方面には詳しくないんですが、仮に、関連会社にとどまる範囲で重工に支援を受けたとして、ですよ。カラーズはチームの運営に、どの程度、責任を持たなくてはいけないんですか。金銭的に」

「過半数」

「厳しくないですか?」

「まあ、ねえ。一〇〇や二〇〇でチームの運営ができるわけないだろうしね」

「えー。やりましょうよー」

 並んで座っていたみさとと尋道の間に入った佳世が二人の肩を抱いた。

「北崎さんと一緒にできないなら、私のバスケは、北崎さんが舞浜大を卒業するまでで終わっちゃいます」

「……どうして、そうなるん?」

「私、英語しゃべれないのでLBAには行けませんし、北崎さん、誰も私を御し得ない、とか言って日本でやるつもりないみたいですし」

 みさとと尋道の顔が春菜に向けられた。

「ああ。ちょっと前に、そんな話になったことがあったんです」

 春菜は語り始めた。一カ月ほど前になる。海の見える丘の夕食時に、居合わせた神宮寺静と景の会話が契機となって起きた進路の話からの抜粋だった。

「ああ。そういう。確かに、それは池田さん的には大問題だね」

 春菜の説明を受けたみさとは深々とうなずいた。

「斎藤さーん」

 へばり付かれてみさとがもがいている。ところで、そろそろ時刻は午前八時半だ。移動の時間を考えると、重工体育館に向かうころ合いであった。

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