第二八四話 ひと模様、こころ模様(二九)
この後、U-23サッカー日本代表チームは「AFA U-23サッカー選手権大会」の決勝も制してアジア王者となった。決勝戦で途中出場ながら二得点を挙げた佐伯は、大会終了後に舞浜F.C.との選手契約およびカラーズとのマネジメント契約を明らかにした。佐伯と舞浜F.C.との契約交渉の場に立ち会っているのは、仲介人業の初陣となった相良一能弁護士だ。そして、カラーズから佐伯の取材を委ねられ、舞浜F.C.がキャンプを張る沖縄へと向かう基佳の上気した顔――。
サッカーに関わる人たちが躍動をみせる中、話は、基佳が沖縄へと旅立った日の昼下がりに移る。
孝子と麻弥はキッチンで並び立っていた。孝子はポテトサラダと、麻弥はハンバーグと、それぞれ舞踊中だ。普段は格闘と呼んで差し支えないような勢いで食材に当たる二人だけに、ちょっと珍しい。それもそのはずだった。後期の考査期間が終了し、大学は春季休暇に入ったのだ。学生生活とアルバイトと家事とで、ぎっしり詰まっていた一日の流れは、大幅に緩やかになった。ジャガイモをつぶす手つきも、ハンバーグをこねる手つきも、釣られて優美になるのは自然だったろう。
「麻弥ちゃん」
先にポテトサラダを仕上げた孝子は、手を洗いながら隣の麻弥に声を掛けた。
「そっち、終わったら、SO101まで乗せていってくれない?」
「いいけど。何かあったっけ?」
「テニスを見てくる」
「テニス……?」
「アートがオーストラリアに行ってるの。友達がオーストラリア選手権に出場してるんだって。おとといから大騒ぎよ」
「なんて選手?」
「ダナ・ドアティ」
「有名じゃん」
「昔、同じアカデミーでテニスをやってたってね。見て。見て。ケイティーもダナを応援して、だって」
「わかった。時間は?」
「午後五時半に試合開始かな」
「じゃあ、余裕はあるな」
対面キッチンの時計は「14:51」を表示していた。
二人が舞浜大学千鶴キャンパスの駐車場に乗り入れたのは二時間後のことだ。
「……誰かいるね」
孝子はインキュベーションオフィスSO101にともる明かりを見てつぶやいた。
「まあ、斎藤だろうな。春休みだし、郷本の可能性もあるか」
「だね」
SO101に入ると、テレビの真正面に陣取っていたのはみさとだった。
「おいっす」
「斎藤さんもテニス?」
ワークデスクの上に並べられた軽食、飲料を、孝子はちらりと見た。
「そう。アーさま、ダナが出る、ダナが出る、って大騒ぎよ。元テニス部として、私は言われなくても見るつもりだったけどね」
「私は言われなければ見なかった」
「暮れでテニスに目覚めたんじゃなかったのか」
「やるのは楽しい。見るのは、別に」
「また行っとく?」
「もう少し近くにコートがあればね。できればインドアの。アートほどじゃなかったけど、外は寒いよ」
「あっはっは。探したら、付き合ってくれる?」
「いいよ」
「よし。探す。お。そうだ。この時期なら私たち、平日の朝でも行けるじゃん」
早速、みさとはスマートフォンを取り出すと、テニスコートの検索を始めている、と思いきや、
「その前に、あんたたちの分のおつまみも買っておかないとね。ちょっと一っ走りしてくるわ」
などと言い置き、止める間もなくみさとはSO101を飛び出していった。なんともせっかちなことだが、この行動力こそ、斎藤みさとの真骨頂であるのだった。




