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未知標  作者: 一族
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第二八二話 ひと模様、こころ模様(二七)

 玄関の扉が開く音がして、続いたのは「ただいま」の二重奏だ。正確には、ただいま、ただいまでーす、である。午後九時四五分。「中村塾」の活動を終えた佳世が、麻弥に連れられて帰ってきたのだ。春菜は大学が後期の考査期間に入ったことで、そちらを優先して、塾は休んでいる。

「お帰り」

 応じながら、孝子は中断していた料理をゆったりと再開した。麻弥と佳世は食事の前に風呂に入るだろう。それに合わせて加減していく。今日であれば、一人目が上がってきたあたりで、タラの煮付けとけんちん汁の仕上げに取り掛かる、という具合だ。

「いただいてきました」

 白い顔を火照らせて、スエット姿の佳世がLDKに入ってきた。程なくして麻弥も来る。夕食が始まった。この夜のさかなは「中村塾」のデビュー戦についてだった。

「例の、リーグ選抜?」

 かつて中村が企画した「中村塾」のデビュー戦、「中村塾」と日本リーグ選抜との試合は、そういえば、一月実施の予定、といわれていた。その後、どうなったのか。

「いえ。あれはだいぶ前に中止になりました。やるのは勝手ですが、私は試験を優先しますよ、って」

「結局、押し通したんだ」

「はい。それに、今の『中村塾』が国内で試合なんてした日には、惨劇が起こりますよ。三〇〇点ぐらい取ります」

「おお。強い、強い」

「今回の相手は、オーストラリア代表だって。しかも、アウェー」

 黒須に話を聞いたという麻弥が詳細を明かした。

「正村さん、いつですか?」

「三月だって。オーストラリアにもプロリーグがあって、そのシーズンが終わって、すぐに。レイチェル・コックスも出場する契約になってる、って」

 シエル・エアロズに所属する長身のオーストラリア人、レイチェル・コックスの名は孝子も記憶していた。

「黒須さんがオーストラリアにある重工の関連会社を動かして話を付けたんだって」

「なかなか面白い試合になりそうですね」

「カラーズも招待したいそうだけど、お前、行く?」

「行かない。レザネフォルにさえ行かなかったのに。麻弥ちゃん。しっかりレポートしてきてね」

「私だけか?」

「今回も郷本君は動かないだろうし。麻弥ちゃんと斎藤さん?」

「待て。オーストラリアって日本と時差がほとんどないだろ。郷本も大丈夫なんじゃないか?」

「確認してみようか」

 翌日の夕方、SO101にはカラーズの孝子、麻弥、みさと、尋道、春菜の五人が集った。舞浜市立大学も、おそらく後期の考査期間だろう。来られたらでいい、と孝子は申し添えていたが、全員出席となった。

「ほっほー! オーストラリアか! 三月だと初秋ぐらいか?」

「中村塾」のデビュー戦について聞いたみさとの明るい叫声だ。

「どうする?」

「オーストラリアか。行ったことないな。行ってみようか。郷さんは」

「行きません」

「時差、ほとんどないらしいけど」

「それでも嫌です。こんなときこそ小早川さんでしょう。黒須さんに紹介する機会にもなりはしませんか?」

「ああ。行かせて、レポートでも書かせるか」

「いい考えだと思います。おそらくは「中村塾」、ひいては全日本の今後を占う一戦になると思いますので、取材のしがいもあるでしょうし」

「お。そんな大事な一戦になるか。これは、見に行かないと、だ。二人は、どうしたって来ないん?」

 孝子と尋道は、ほぼ同時に、首を縦に振った。

「仕方のないやつらめ。まあ、いいや。明日にでも詳細を聞きに伺いますかね」

 みさとの言葉を機に、それぞれが引き上げの準備に掛かる。

「オーストラリアはオーストラリアとして、スペインは、どうされますか?」

 後片付けがだいたい終わったところで春菜が言った。

「間違いなく私たちはユニバースに出場しますので、応援に来ていただきたいのですが」

 今夏の「ユニバーサルゲームズ」はスペインのバルシノ市で開催される。

「バルシノか! 行きたいなあ! 行きたいけどなあ!」

「斎藤さんには、いの一番で名乗りを上げていただけると思っていたんですが」

「税理士試験が、ちょうど、そのころなんだ」

 みさとは前回の試験が好調だったとかで、今回で決着をつけるべく集中する、と続けた。税理士試験は全一一科目の中から、必修の二科目と選択必修の一科目を含んだ計五科目を合格すればよい。昨年の段階で三科目をパスしていたみさとであった。

「行きたいんだけどね。今回は、パス」

「斎藤さんを差し置いて行くわけにはいきません。僕は残ります」

「私も残る」

 尋道も早かったが、その尻馬に乗った孝子も早かった。

「あんたたち、自分が行きたくないだけでしょ」

「私たちの熱い友情にけちを付けるつもり?」

「何が、熱い友情、だ」

「正村さんは、どうされますか? 来てくださいますか?」

「え……。みんな、来ないんだろ……。悪い。春菜。やめておく」

「そろいもそろって、なんて冷たい」

「違うぞ、ハルちゃん。私は、行けるものなら、行きたいの。あいつらと一緒にしないで。四年後! 四年後は、絶対に行く!」

 四年後のユニバース開催地はレザネフォル市と決まっていた。

「レザネフォルならエディさんに案内していただけますし。安心して行けますね」

 ――なので、自分も行くであろう、とは最後まで言わぬ尋道だった。決して言質を与えない詐欺師の話術を、孝子が大いに参考にしたのは、言うまでもなかった。

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