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未知標  作者: 一族
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第二七六話 ひと模様、こころ模様(二一)

「で、何?」

 仏頂面の基佳の見送りを受け、車が動きだしたところで、孝子は言った。運転は麻弥に任せて、後部座席で佐伯と並んでいる。

「うん。さっきも言ったけど、相談に乗ってほしいんだ」

「もっさんは、どうするの? 私、めちゃくちゃにらまれたんだけど。なんだ、その目は、けんか売ってるのか、って言いそうになったよ」

「あいつも佐伯がスカウトされて、浮かれてたところを、当の本人に邪険にされて、平静じゃなかっただろうし。許してやれよ」

 ぽつりとつぶやいたのは麻弥だ。語尾には基佳への同情と佐伯への非難が匂い立っている。

「正村さん。そうは言うけど、僕にも事情があるんだよ。僕の話も聞かないで、浮かれられてもね。僕、困ってるんだよ。どうしたらいいのか、わからないの。本当に」

「そんなに自信ないんです?」

 佐伯の反論を受け、ぶすっとした麻弥に代わって、助手席のみさとが出張ってきた。

「ええ。ないんですよねえ。今までに一度だってスカウトなんて掛かったことなんてないのに、いきなり、F.C.みたいな強豪ですもん。もしかしたら、奥村君が気を回してくれたのかな。でも、あの人、来年の夏にはいなくなるだろうし。そんな人に引き上げられても、困りますよね」

「でも、相談といっても、私たち、サッカーの『さ』の字もわからないですよ?」

「カラーズさんって、人脈がすごいじゃないですか。例の、もっちゃんを紹介してくれる、って話の、黒須さん、だっけ? 高鷲重工のえらい人とか」

「あの人が、どうかしましたか?」

「そういった感じで、カラーズさんの人脈の中に、サッカーに詳しい人は、いませんかね?」

「サッカーかあ……」

「市立の佐伯について、忌憚のない意見を言ってくれる人がいいな。駄目なら駄目、って」

 みさとと佐伯の会話を聞き流しながら、孝子は沈思していた。はたと思い起こしていた。喫茶「まひかぜ」の老マスター、岩城は、かつて言った。自分はF.C.のOBだ、と。もっとも、岩城が現役選手だったのは実業団時代の話で、高鷲重工業サッカー部がプロチームになったのは、彼がチームを退いて、一〇年以上たってからのことだそうだが。

 もう一点、岩城について、ある。音楽家の剣崎龍雅が車を買ったときの逸話だ。自動車事業本部OBの立場を生かして、ディーラーに車を集めさせ、若い友人の購買行動を助けてくれたとか。つまり、在籍当時は、それなりの地位にあり、今でもその威光が残っていたための行為だった可能性が高い。

 連想は連想を生む。喫茶「まひかぜ」にいた剣崎の友人はなんといった。舞浜F.C.の氷室勝成だ。岩城を大先輩とも呼んでいた。うまく話を持っていけば、これ以上ない適任者になりはしないだろうか。

「佐伯君。時間はある?」

「大丈夫」

「麻弥ちゃん。鶴ヶ丘に戻って」

「何かするのか?」

「うん。『本家』を使わせてもらおう。ミーティング」

「お。心当たりあったの?」

「あった」

「本家」の一部屋を借りて行われたミーティングには、尋道も招集された。そろって、円座したところで、おさらいの意味も含めて、尋道に経緯が語られた。済むと、孝子の心当たりの披露だ。岩城と氷室の名を持ち出す。

「佐伯君には、何がなんでもF.C.と契約したい、という意志はないわけですね?」

「うん。それ以前に、その資格があるのか知りたい、ぐらいの立ち位置」

「では、岩城さんと剣崎さんを通じて、氷室さんに佐伯君の目利きを依頼しましょう。お二方には、神宮寺さん、お願いできますか」

「氷室さんと長い付き合いになる可能性のある麻弥ちゃんじゃ駄目? 未来の夫の友人になるかもしれない人ですもの」

「おい!」

 孝子と麻弥の間に抗争は勃発、しなかった。続いた尋道の一言が場を鎮めたのである。

「駄目です。うそをついていただきますので」

「うそ?」

「ええ。面の皮の厚さで考えれば、僕がやるべきなんでしょうけど。あいにく、お二方のことを存じ上げませんし」

 確かに見事な面の皮の厚さである。少なくとも剣崎とは面識のある尋道なのだ。

「からかってるんじゃないんですよ。正村さんはカラーズの良心ですので。こういった役回りには向いてないと思いまして」

「その点、性格の悪い私なら、うそをついても平気の平左、と」

「はい」

 孝子の体当たりは尋道にひらりとかわされた。

「やってくると思ってました。正村さん。取り押さえておいてください」

「はいはい」

 苦笑を浮かべた麻弥に孝子は抱え込まれてしまった。

 尋道は座り直して話を続けた。孝子の話しやすいよう、適宜に改変してくれて構わない、と前提し素案を述べていく。いわく、旧知の佐伯達也が、プロになった後のマネジメント契約を自信満々でカラーズに売り込んできた。孝子としては、高校時代のぱっとしない彼の印象しかなく、本当にプロとしてものになるのか、非常に怪しんでいる。こちとら零細企業で、前途無望のやつと関わり合いになる余裕はないのだ。サッカー選手、佐伯達也についての率直な能力評を伺いたい、と。

「氷室さんのお人柄次第にはなりますが、佐伯君の懸念を、そっくりそのまま伝えたら、おそらくは、そもそものやる気が足りない、って返ってくるような気がするんですね。でも、佐伯君が聞きたいのは、そういう精神論ではないでしょう。というわけで、こういう作り話にしてみましたが、いかがでしょう」

「詐欺師」

「褒め言葉と受け取っておきますよ。では、その線でお願いします」

「はい」

「以上、ですか。さて。正村さん。僕がこちらを出るまで、その方を離さないでくださいね。それでは、さようなら。おやすみなさい」

 あっという間の撤退劇だった。もっとも、笑いの止まらなくなっていた孝子は、追撃どころではなかったのだが。

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