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未知標  作者: 一族
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第二七二話 ひと模様、こころ模様(一七)

 小早川基佳主催の夕食会が開かれたのはイブの夜だった。「(おう)スポ」こと桜田スポーツ新聞に基佳が寄稿した記事の品評会を兼ねている。会場は幸区緑が丘の基佳の実家となった。基佳の父は店を構えるほどの料理人であった。その彼に腕を振るってくれるよう頼むのだとか。

「イブの夜に、お店のオーナーさんに、そんなこと頼むなよ」

 壮行会の席で基佳が会を提案した際に、麻弥が言ったものである。

「大丈夫です。私がこっちにいたときから、お父さん、ずっとイブはお休みにしてるの。私、イブが誕生日」

「ああ。なるほど。……でも、それだと親子水入らずの邪魔にならないか?」

「去年、おととしは、たっちゃんを呼んだし。気にしないで」

「いいなあ。楽しそうで。僕も参加したいよ」

 嘆いていたのは佐伯だ。彼はU-22の合宿があるため、夕食会には参加できない。

「そういう真面目な話は食事などと切り離して行うべきじゃないですかね」

 食欲の希薄な人である尋道は、イブの夜という開催日時が気に入らないらしく、勧誘の電話口で、ぶつぶつと不平を鳴らしていた。どうせ、ごちそうが出るんだろう、とおよそ彼にしか首肯し難い理由で憤っているのだ。

「だいたい、神宮寺さんは、どうしてイブの夜に暇なんですか。おかしいでしょう」

「暇じゃなかったよ。一応、うちでパーティーの予定があったけど、キャンセル」

「よかったんですか?」

「いい、いい。私がいると料理に一手間がいるでしょう? 親孝行になる」

 アルコールと塩に強い拒絶反応を示す体質故に、養母の美幸には食の面で苦労を掛けている、という話だった。

「そうですか。参加は、僕の他は?」

「斎藤さん、のみ。麻弥ちゃんは欠席。剣崎さんとおデートですって。おはると佳世君は鶴ヶ丘に行ってもらう。彰君もだ」

 舞浜大学の推薦入試に合格した佳世は、高校の自由登校期間を利用して、既に孝子たちとの同居を始めていた。

「神宮寺さんと斎藤さんは、正村さんを見習うべきじゃないですかね」

「斎藤さんは予定があったみたいなんだけど、こっちの話に飛び付いてきた」

「あの人も物好きな。とにかく、わかりました。伺います」

 不承不承の口調で、尋道は、そう締めくくったのだった。


 そんなこんなの流れを経た一二月二四日だ。夕食会に合わせて、少し遅めの午後四時に孝子は動きだした。麻弥はだいぶ前にふわふわとした足取りで出ていった。春菜と佳世は早いうちから市井美鈴に託してあって、後顧の憂いはない。海の見える丘駅のロータリーで待つみさとを拾って、緑が丘に向かう。

「そういえば、郷本君が言ってたんだけど。物好きな、って」

「何がさ」

 合流後、孝子はみさとに尋道の軽口を披露した。

「せっかく予定があったのに、こっちを優先させて」

「ああ。全然。全然、平気。イルミとか見て、ホテルでご飯食べて、部屋にしけ込んで、って。一つも面白くない。絶対、こっちのほうが楽しい」

「直前に断ったらキャンセル料がかかるでしょう。申し訳ないと思わないの?」

「思ったさ。申し訳ないんで、お金は払う、領収書をおくれ、って言ったよ。そしたら、それきり返事がない。怒ったか、別口を見つけたか。まあ、どっちでもいいや」

 あっけらかんと笑うみさとに、孝子はため息だ。

「最低」

「ワーカホリックなのかもね。実際、あんたたちとつるんで、カラーズのことやってるときのほうが楽しいもん」

「……かわいそうに」

「うるさいわ」

「いや。どこの誰かは知らないけど、こんな女と約束した人が」

「ああ。それは、ね」

「いた。寒いのに」

 カーナビに従って緑が丘の、とある路地に入ると同時に孝子が言った。目的地の邸宅の前で、ベージュのコートに身を包んだ基佳が立っているのが見えた。隣にはカーキのコートの尋道もいる。この日は朝からの曇天で、気温が上がり切らないまま夕暮れ時となった。二人ともコートのポケットに手を入れて、首を縮こまらせている。

「やっぱり郷さんのほうが早かったね」

 緑が丘なら近いので歩いていく、と二人との同道を断っていた尋道だ。

「うん。しかし、この辺りは、区画が大きいね。緑が丘でも高いところなのかな。もっさんめ、お嬢だったのか」

 緑が丘は新興の住宅地だ。国道沿いにあって、古くに開けた鶴ヶ丘と比べると、住宅の一つ一つの区画の広さがまるで違う。その中でも基佳の実家がある一帯は特別に思えるのだ。

「その点、鶴ヶ丘は狭めだね。やっぱり、町が古いせいかな?」

「だと思う。特に、神宮寺さんのおうちの辺りは狭いんだって」

「最初に開けたんだろうね」

「うん。開発の遅れた国道の北側のほうが広い家が多い、って聞くよ。お。気付いた」

 基佳が手を上げ、次いで邸宅を指さした。誘導に従って、孝子は駐車スペースへと車を入れにかかる。

「あのひしゃげたみたいな車、高そう」

 ルームミラーに映った車高の低さを、孝子はそう表現した。島津家の駐車スペースにとめてある赤いスポーツカーだ。

「ロセッティじゃん。こりゃ、小早川さん、本格的にお嬢さまかもよ」

 孝子でも名ぐらいは覚えのある高級スポーツカーメーカーの名が出てきた。

「へえ。麻弥ちゃんに教えたら、見たかった、って言うだろうね。そうだ。写真、撮らせてもらおうか。剣崎さんと会ってるんだし、びくともしないか。それとも、ロセッティーーー、って叫ぶか。見ものだね」

 最低、とみさとの声だ。どうやら先ほどの意趣返しをされたようであった。

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