第二七一話 ひと模様、こころ模様(一六)
「神宮寺さん。このカラーズさんって、今は何人ぐらいでやってるの? 正村さんは、当然として……?」
基佳が佐伯の手の名刺をかすめ取って尋ねた。
「全員で六人だな」
答えたのは麻弥だった。
「孝子。お前たちは知らないやつだけど、斎藤、って女。郷本。あと、北崎っていう女子バスケのやつと、雪吹っていう男子バスケのやつ。で、最後に、私」
「郷本君!? え、僕、知らなかったんだけど」
「そりゃ、あいつなら、そんなおしゃべりはしない。目立たないんだけど、本当にきっちりしてて。斎藤ってやつと並んで、カラーズの重要人物だな」
「へえ……。そこまでしっかりしてると、ボランティア以前に私の出る幕はなかったっぽい。十分に足りてるね」
「だったら、僕の専属でやってもらうとか!」
「そういうことは、U-22とやらで活躍してから言いたまえ」
孝子の混ぜ返しに一同は大笑だ。が、すぐに佐伯は切り返した。愛しい彼女を、その親友の元にねじ込みたいのだ。
「でも、もっちゃん、サッカーにすごく詳しいんだよ。それに、将来はスポーツキャスターを目指してて、サッカー以外のスポーツも勉強してるんだ。きっと戦力になると思うな」
「ほう」
「そうそう。夏に舞浜ケーブルテレビでインターンもしたんだよね。あそこ、スポーツに力入れてる、って」
「ふーん」
「なんでかっていうと、舞浜ケーブルテレビの親会社の高鷲重工が、スポーツの後援にすごく熱心で。子会社として親の関わってるスポーツイベントをフォローしなくちゃいけないから、いろんなスポーツに触れる機会があるんだって。まさにもっちゃんの求めてる職場みたい」
「うん。知ってた」
「え……?」
「舞浜ケーブルテレビで、LBAの放送が始まるの、知らないかな? 直接じゃないけど、カラーズもちょっとだけ絡んでるの。だから、舞浜ケーブルテレビのことは、知ってた。しかし、もっさんが、そこまでしっかり先を見据えてるなら、やっぱり、カラーズに関わらなくてよかったよ。うちじゃ、もっさんの志望をかなえてあげられないもの」
「仮に佐伯がサッカーで大物になったとして、あとは、市井さんと静のバスケ、ぐらいか。その他のスポーツに手を出す余裕は、カラーズにないしな」
「いや。そこまで深く考えなくても」
「何を言ってるの。二人は来年、四年生でしょう。私たちと遊んでる場合じゃないよ」
ぴしゃりと孝子にやられた。いけない。佐伯は先走り過ぎたようだ。うっかり恋人の人生設計などを語ってしまい、かえって彼女の親友との距離を作った気配があった。
「そうだ」
麻弥が、思い立った、というふうで口を開いた。
「孝子。小早川を黒須さんに紹介したら、どうかな」
「どうしたの。突然」
「いや。小早川って、桜田だろ。それに、舞浜ケーブルテレビなら、黒須さんの顔が、かなり利くと思って」
「黒須、って。バスケットボール連盟の?」
誰の話をしている、と思っていた佐伯とは異なり、スポーツキャスター志望の基佳は、知識を有していた。
「そう。ただ、麻弥ちゃんや。問題は、もっさんが、どの程度のものか、じゃない? へっぽこを紹介したとあっちゃ、麻弥ちゃんの見識が問われるよ」
「なんで、私だけなんだよ」
「言い出しっぺだし」
孝子が基佳のほうに向き直った。
「もっさんは、スポーツキャスター志望、っていうけど。何か具体的な実績はないの? 桜田大でスポーツの記事みたいなのを執筆してる、とか」
「あ。やってる。学内にスポーツ新聞があって、寄稿してる」
「サッカー?」
「いや。サッカーは、あえて外して、できるだけいろんなスポーツに触れるようにしてるよ」
「真面目だね。見たいな。見たいな、って、私たちが見たってしょうがないけど」
「黒須さんに持っていくのか?」
「その前に、斎藤さんと郷本君でしょう。もっさんが書いた記事って、インターネットで見られる?」
「見られるよ」
スマートフォンを持ち出してきた孝子と基佳との会話が始まった。いまひとつ、状況が理解できていない佐伯は、身を乗り出して麻弥に話し掛けた。
「正村さん。どういう話だったの?」
麻弥の説明は、佐伯の度肝を抜くものだった。佐伯だけではない。聞くとはなしに聞いていたであろう基佳も、驚愕の表情を浮かべていた。
「中村塾」なる活動との関わりで得ることとなった、日本バスケットボール連盟会長、黒須貴一の知遇に端を発するカラーズの拡充ぶりはすさまじい。その威勢で、基佳を舞浜ケーブルテレビに送り込めないか、というのである。思いがけない方向に話は転がりだしていた。いつしか場は基佳の就職相談会の様相だ。
……そこまでの組織になっているのなら、新入りの一人ぐらい迎え入れてくれてもよさそうなものだが、ここで水を差すようなまねはすまい。三人の会話は熱を帯びている。基佳が満足なら、それはそれでよい、と考える佐伯であった。




