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未知標  作者: 一族
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第二六三話 ひと模様、こころ模様(八)

 思いも寄らぬ、といえば、これも、思いも寄らぬ、だったろう。日曜日には、なぜか朝っぱらから碧区碧北のテニスコートにいて、ラケットを振るっている孝子である。みさとに涼子、斯波がいる。アーティとエディも、だ。

 きっかけはアーティの一言であった。鶴ヶ丘で再会し、初対面の体で涼子らを交えて話していたときだ。体を動かしたいので、案内してくれ、と言い出した。訪日後、ホテルのジムでマシントレーニングしかしていない。もっと動きたい。……できれば、テニスを希望する、そうである。

「ケイティー。この辺りに、テニスコートはないの?」

「さあ……。お母さん。この辺りに、テニスコートって、ありますか?」

 孝子は一帯の分限者である養母に問うた。

「それは、どこかにはあるでしょうけど。私、その手は疎くてね。あ。斎藤さんに聞いてみたらいい。あの子、中高ってテニス部だったはずよ」

「よくご存じですね」

「青田買いよ。将来的には、あの子にうちの顧問税理士をやってもらおうと思って、いろいろ聴取していたときに聞いたの。そういえば、そろそろ今年度の試験の発表ね。……まあ、それはいいわ。とにかく、斎藤さんに連絡してみて」

 早速、みさとに連絡してみると、すさまじい食い付きだった。なじみのコートに当たるので少し待て、というので、アーティに事情を説明していると、みさとのコールがきた。まだ先ほどの通話を終えて、三分もたっていなかった。

「あさってのね、朝の九時に予約を入れたよ。さすがに明日は空きがなかった」

「うん」

「ほほほ。久しぶりで腕が鳴るわ。後でこまごまとしたこと送るね」

「ありがとう」

 斎藤みさとの、後で、は数分後らしい。テニスコートの詳細が送られてきた。碧区碧北は、かの舞浜カントリークラブそばにある「舞浜ミドリスポーツプラザテニスコート」が、それだ。近辺では名の知れた立派なコートで、用具のレンタルも豊富という。手ぶらで来てくれて構わない、とみさとは結んでいた。

「ミサトも来るのね。ありがとう。ケイティー」

「アートはテニスもできるの?」

「ええ。元々は、テニスを専門にやっていたのよ。エディの影響でね」

「大学までやってまして。これで、なかなかうまかったんですよ」

「じゃあ、エディ。私に教えて。連れていって、見てるだけじゃつまらないし、私もやる」

「え!?」

 異口同音に、声が出た。アーティ、エディ、涼子、斯波の三人だ。麻弥のアルバイトの終了を待って鶴ヶ丘に向かうため、不在の海の見える丘組がいれば、彼女たちも加わっていただろう。今日、サポーターを外したばかりなのに、むちゃではないか。これだ。

「あの、ミス・タカコ」

「なんでしょうか、ミス・リョーコ」

「私も、行っていいかな。こう見えて、中高、テニス部だったの」

「じゃあ、僕は車を出すよ。少し大きな車を手配しよう」

 家族に心配を掛けたくない、と孝子に事前の口止めをされていた涼子と斯波だ。二人は、ミューアきょうだいが孝子の捻挫を承知していると知らなかった。無理をせぬよう、させぬよう、見守るための参加、と後に孝子は知った。なんといっても手抜かりだが、アーティとエディとは既に面識があってうんぬん、と説明するわけにもいかない。胸中ひそかに反省し、かつわびるのみである。

 最終的な参加者は六人になった。斯波が借りたレンタカーで、涼子、孝子、アーティとエディの順で拾って舞浜ミドリスポーツプラザテニスコートに向かう。近所に住むみさとは現地集合だ。

 名の知れた、というだけあって、舞浜ミドリスポーツプラザテニスコートの施設は、なかなかのものだった。広い駐車場に、大きなクラブハウス、コートもインドア八面、アウトドア一二面を擁している。相当な規模といえる。

「いやー、懐かしいわ。部活が休みのときなんかに、みんなでお金を出し合ってレンタルしたものよ」

 アウトドアコートを見渡しながらみさとが言った。着込んできた白地に緑のアクセントが入ったジャージーは、舞浜市立碧北高等学校テニス部のものだ。手にしているラケットには、みさとの名がラテン文字で印字されている。ただ一人、自前の用具で参戦してきたのは、元テニス部の面目躍如であった。

「ミサト! ばか! どうして外なのよ! 寒いじゃないの!」

 隣で震え上がっているのはアーティだ。

「仕方ないじゃん。この時期のインドアが、二日前に予約できるわけないでしょ」

「アート。体を動かせば温かくなるさ。ウオーミングアップしよう」

 エディの仲裁に、アーティもうなずく。

「やりましょう。このままだと凍え死ぬわ」

 ウオーミングアップは二手に別れた。六人中、経験者は四人で、初心者の孝子と斯波をエディが指導し、残りの三人はアーティが音頭を取る形だ。

「全員でやればいいじゃないの」

 二人を引き連れて遠ざかろうとするエディに、アーティが文句を言う。

「嫌だ。僕は日本語でしゃべりたいんだ」

 日本語を解さないアーティと一緒では、英語での会話を強いられる。そんなのは真っ平御免、という理由に、全員があんぐりとした。そうだ。エディ・ミューア・ジュニアは、巧みな日本語話者にして、その巧みな日本語で日本人と会話することを、無上の喜びとする親日家なのだ。

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