第二五二話 フライ・ハイ、カラーズ(一七)
桜田大学男子バスケットボール部の六人が、週末の練習から「中村塾」に参加してくる。この情報を孝子に伝えたのは春菜だった。海の見える丘の夕食の席である。
「もう?」
仮想アメリカの結成計画が発動したのは先週末だ。まだ一週間たっていない。
「桜田でも主力級が参戦してきましたので。さすがに飲み込みが早いですね。ここまで早く投入できるとは思っていなかったので、助かりました」
「……黒須のじいじが強引に引き込んだんでしょう」
「いえ。みんな、積極的ですよ。というのは、プロになっても、よっぽどのスターにならない限り、重工の正社員のほうがはるかに稼げますので」
「そうなんだ」
「そうなんです。お姉さん、見に来てくださいますか?」
「うーん」
「黒須会長ですか?」
「いや。あの人は、別に、どうでもいい。『中村塾』に面倒を持ち込んだみたいで、敷居が高くて」
口先だけではない。深刻な渋面、と麻弥は親友の表情を読んだ。
「大丈夫です。ゴールドメダルへの、おそらく契機となる一大事でした。お姉さんと私の名は日本のバスケ界にさんぜんと輝くことになるでしょう」
「輝かなくていいよ。とにかく、よしておく」
このような会話があった週末は、土曜日の朝となった。麻弥は春菜と、昨夜から舞浜入りしていた佳世を乗せて重工体育館に向かった。結局、孝子は居残りだ。
身支度のため、ロッカールームに向かう春菜たちと別れ、麻弥はアリーナに向かった。桜田大学男子バスケットボール部の主力級を見てみたかったのだ。入り口から、こっそりとのぞくと、既に塾生たち、桜田大の男子バスケ部員たちはコートに散らばって、めいめいに体を動かしていた。黒須や山寺といった関係者も顔をそろえている。
麻弥の目は男子バスケ部員たちを追っていた。あの人がアリソン役で、あの人がアーティ役か、と見当を付ける。仮想アメリカの土台にあるのは、アストロノーツと桜田大学男子バスケットボール部によるアメリカ女子バスケットボールチームの徹底分析だった。中でも主力級の六人、ポイントガードのアリソン・プライス、シューティングガードのゲイル・トーレンス、スモールフォワードのアーティ・ミューア、パワーフォワードのグレース・オーリー、センターのシェリル・クラウス、同じくセンターのイライザ・ジョンソンに焦点を絞っている。この六人のプレーをコピーした男子バスケ部員たちが「中村塾」に胸を貸すのだ。
だいたい、見終わった。結局、孝子は来ず、みさとと尋道は所用で、ときては、一人で顔を出すのもおっくうである。帰ろう、と身を引きかけたときだった。
「お疲れさまです」
麻弥に気付いて、走り寄ってきたのは彰だ。ジャージーにすらっとした長身を包んださまは、なんとも流麗なシルエットである。
「……おっす」
ばれた。横目で確認すると、彰の動きに釣られて、アリーナ中の視線がこちらに向いている。観念するしかないようだ。麻弥は体勢を整えて彰に対した。
「いよいよ雪吹ヘッドコーチのデビュー戦か」
「はい。正村さんは、お一人で?」
「うん。斎藤と郷本は都合が付かなくて。あと、孝子は、敷居が高い、って言って来なかった」
「敷居?」
「中村塾」に面倒を持ち込んでしまったのかもしれない、と憂悶する孝子の事情を麻弥は語った。
「ああ……。じゃあ、僕も頑張らないとですね」
「うん?」
「いえ。今回のことは、きっと、いい結果につながる気がするんです。そうなれば、お姉さんにも、よかった、って思ってもらえるんじゃないか、と。なので、頑張って、結果を出しますよ」
「お前、顔もいいけど、性格もいいな」
「ありがとうございます」
「いけそう?」
「大丈夫です。北崎さんが黒須先輩に、参加者の進路について話しておいてくれたおかげで、目の色が違ってますよ。ある意味、就職試験です」
「ああ。なるほど……。春菜も言ってたよ。下手にプロになるよりは、重工に入ったほうがいい、って」
「まあ、プロとしては、バスケは、まだまだですしね。……それにしても、斎藤さん、いらっしゃらないんですか。みんな、期待外れになったな」
膨らましづらかったのだろう。彰が話題を変えた。
「なんの話?」
深追いするようなものでもない、と麻弥も乗っていく。彰が部内で披露していた、カラーズにはすさまじい美女がいる、という雑談について、だった。
「斎藤だけか。私たちは」
「あえて。正村さんには彼がいらっしゃる、って静ちゃんに聞いてますし。お姉さんは、そもそも、そういう気配の全くない人、って」
「まあ、そうだな。うん。あ。もういいよ。私、黒須さんたちにあいさつしてくる」
「はい。失礼します」
戻っていった彰は、たちまち男子バスケ部員たちに囲まれて、やいのやいの言われている。あの美人が斎藤みさとさんか、という話だったが、もちろん、麻弥のあずかり知らぬことである。




