第二五〇話 フライ・ハイ、カラーズ(一五)
孝子がメインアリーナに姿を見せるのは、決まって差し入れを持参したときだ。それを知っている「中村塾」とアストロノーツのメンバーたちから歓声が上がる。果たして孝子は両手に大きな紙袋を提げていた。折しもおやつどきであった。
春菜と瞳が駆け寄ってきた。
「お姉さん。持ちます」
「お疲れさまです。春谷もん。また豪快に買ってきましたね」
「須美もんのために、ね」
「心にもないことを」
顔を合わせれば繰り広げられる、福岡県人同士のじゃれ合いだ。相性なのだろう。わずかな交流で、ここまで砕けたやりとりを交わすまでになっていた。
「おはる。これ『中村塾』に持っていって。須美もんはアストロノーツさんにね」
孝子は紙袋を二人に渡した。
「須美もん。行くぞ」
「お姉さん。どうして私を置いていくんですか。一緒に行きましょう。最近、瞳ちゃんへの寵愛が激し過ぎませんか」
「だって、お前、生意気だし。その点、私は素直で愛嬌があるから、唯我独尊の春谷もんにもかわいがられる」
「かわいい」
孝子は瞳の頭をなで回した。
「お姉さん。私もお願いします」
春菜が頭を下げてくると、こちらには、成敗、と言いながらチョップのまね事だ。
「ああっ。お姉さん。なんてことを。もう。瞳ちゃん、許すまじ。こうなったら事故を装ってけがさせる」
「八つ当たりはやめろ」
「『至上の天才』の妙技が、ついに見られるんだね」
「止めてくださいよ」
スキンシップに、春菜も満足顔となって、結局、三人でアストロノーツ、「中村塾」と差し入れを配り歩くことにするのだった。
「随分と豪勢に買ってきたな。高かったろう」
「中村塾」には黒須がいた。他に山寺と木村もいる。中村と談笑していたのだ。
「よろしければ、皆さまもいかがですか?」
孝子は話題を転じた。気遣いのつもりかもしれないが、差し入れの金額の多寡を問われて、安易に応じられるものではない。失態に気付いたらしい。黒須は手を合わせてくる。
「神宮寺さん」
つんと澄ましたままの孝子に、仲立ちの必要性を感じたのだろう。中村だった。
「実は、塾のデビュー戦が決まりそうでして」
「そうなんですか。いつでしょう?」
「一月に、日本リーグ選抜との練習試合です。毎年、その時期には日本リーグのオールスターゲームが行われているのですが、今年は多くの一線級が、こちらに来ていることもあって、中止が検討されていたんですね」
さもあろう。日本のオールスターが「中村塾」だ。
「そこで、私どもと日本リーグの選抜で、試合が組めないか、と関係各所に図りまして。どうやら、通りそうなあんばいです」
それはよかった、と言いかけて、孝子は、はたと思い至っていた。
「中村さん」
「は」
「ちょっと、よろしいですか」
「はい」
孝子は中村をアリーナの端にいざなった。
「いかがなさいました……?」
「中村さん。一月は、大学の試験があるんですが。あの子、何か言ってましたか?」
「う……。そうか。そうだ。桜田でも、そのころでした。神宮寺さん。決定してから、と思って、さっきお話ししたのが初めてだったんですが、やはり、北崎は……?」
学生の本分は勉強、と主張し、あまたのバスケットボールの活動を辞退してきた過去のある春菜なのだ。
「一応、確認してみましょう」
孝子は手を上げて春菜を呼んだ。
「ははん。さては、私が試験を優先して、例の試合をすっぽかすんじゃないか、ってお話をされていたんですね? ご名答です。行きません」
「……君がいないと意味がないのだがな」
「知ったことではありません。お姉さん。こればかりは譲れないので、ご容赦ください」
「筋は通ってるし、強要はしないけど。……中村さん。試合を後ろにずらせないんですか?」
「難しいでしょう。オールスターの前後には、通常のシーズンが入っていますので」
「そもそも、寄せ集めの二流どころとの試合なんて、やる必要がありますか?」
「そうは言うがな……。あのあたりで実戦を入れておきたかったんだ」
長くなる会合に「中村塾」のメンバーたちはざわつきだしている。
「おい。どうした」
呼んでもいないのに黒須である。
「……片や十分にトレーニングを積んだ『中村塾』、片やいきなり寄せ集められた選抜チーム、ですよね。試合をする意味がありますか、と。せんえつながら、中村さんに意見させていただいてました」
「で、返答に窮していた、というわけです」
「私は中村さんを追い込むために呼ばれました」
「至上の天才」への理解が足りない男を会話に加わらせては、話がややこしくなる。以心伝心が成立した瞬間であった。




