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未知標  作者: 一族
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第二四八話 フライ・ハイ、カラーズ(一三)

「お疲れさま」

 今日も軽快な足取りで、舞浜大学千鶴キャンパス学生協同組合北ショップに斯波遼太郎がやってきた。

「お疲れさまです」

 閉店準備に取り掛かりつつあった孝子は、振り返って一礼する。

「さあ。急いで片付けよう」

「いくら急いでも六時半までは閉めませんよ」

 奥の机で書類と格闘中だった風谷涼子の声が飛んだ。この夜、孝子たちは舞浜駅西口の喫茶「まひかぜ」を訪れる予定になっていた。年下の彼女の誕生日が間近と知り、恐慌をきたした某男性の救援要請を受けてのものだった。まず某男性こと剣崎龍雅から斯波に、涼子に助言を仰ぎたいので紹介してほしい、旨の連絡が入った。次いで、斯波の取り次ぎを受けた涼子は、よく知らない相手なので、と孝子に同行を依頼してきた。以上が、流れである。

 終業後、三人は孝子の車で喫茶「まひかぜ」に向かった。店内には剣崎龍雅と店主の岩城が待ち受けていた。人数分の淹れたてのコーヒーが供され、いよいよ本題の開始だ。

「いや、ご足労を掛けて、申し訳ない。こういうことには縁のない人生で、とんと浮かばなくてね」

 ホストによるあいさつである。

「剣崎さん。車の中で聞いたら、正村さんの誕生日、一六日だそうで。間に合うんですか? それなりのものを手に入れるには、それなりの日にちがかかるんですよ?」

 オブザーバー気取りの斯波があげつらう。ちなみに今日の日付は一一月五日だ。

「知らなかったんだよ。どうも、麻弥ちゃんが、俺の誕生日のプレゼントを考えてくれているみたいだ、って気付いて、そういえば、で尋ねたら、一六日とか。慌てた」

「うかつだなあ」

「どの口が言うの」

 涼子が鼻で笑った。

「どうしたんですか?」

「この人、私の誕生日、スルーしたのよ」

「斯波さん、最低」

「違うんだ。プライベートなことを聞いてもいいぐらいの距離感になるのを待ってたら、過ぎてたんだ」

「うかつなやつ」

「ああ。もう。やぶ蛇だ。しかし、剣崎さん。誕生日、今ごろだったんですか」

「一一日だ」

 ほう、とうなった斯波に、隣の涼子が軽く肩を当てた。

「斯波さん。お友達なのに知らなかったの?」

「知らなかった。剣崎さんだって僕の誕生日は知らないでしょう?」

「知らないな。ちなみに、いつだ?」

「四月の四日。祝ってくれなくていいですよ」

「おう。俺も祝わなくていい」

「男の人、って限るわけじゃないけど。こういうさばさばとしたのはいいよね」

「あ。涼ちゃんは祝って」

「……そうそう。剣崎さん。私のアドバイスが必要、って話でしたけど。神宮寺さんに聞いたほうがいいんじゃありませんか? 正村さんのこと、知り尽くしてるでしょうし」

 丁重な無視の傍らでは斯波が失笑している。

「ああ、まあ、そうなんだけど……」

 やや間があって眉間にしわの剣崎が口を開いた。

「これは、俺の言ったことじゃないんで」

「正村が私の悪口でも言ってましたか」

「悪口、じゃないと思う。麻弥ちゃんが言ってたのは、とてもおしゃれに見えるかもしれないけど、それは、ママさんの薫陶のおかげで、素はかなりつつましい、って」

「全く、そのとおりです」

「だから、多分、ブランドとかにも興味ないんだろうな、と思ったんだけど、どうだったろう?」

「ありません。私が好きなのは『それいゆ』です」

 ファストファッションストアの名を、堂々と孝子は言い切った。

「うん。で、誰か知り合いにおしゃれな、って考えたら、誰もいなくてね。そういえば、風谷さんは、おしゃれだったなあ、って思い出して。それで斯波に紹介を頼んだ、という次第ですよ」

「ああ。そういう」

 涼子は目を細めて、思案顔だ。

「プレゼントですから、一点で豪華なもの、ってお考えなんでしょうけど。私も『それいゆ』とか、結構、使ってるんですよね。あまり高くないものを取っ換え引っ換えして、って感じなので。ブランドは弱いですね」

「え。こういうのって『それいゆ』に売ってますか?」

「孝ちゃんはフリースとデニムパンツのコーナーしか見てないんじゃないの?」

 確かに孝子、今日も今日とてフリースジャケットにデニムパンツの組み合わせである。一方の涼子は、白のハイネックロングワンピースにスキニーデニム、そして、白のブーツというコーディネートだ。

「正村さんも神宮寺さんに近い服装が多い気がするんだけど。どう?」

「はい」

「それだと、一つだけ豪華なものをもらっても、扱いに困るかもしれません。アクセサリーが、いいかも」

「やつはアクセサリーは着けません。多分、一つも持ってないですよ」

「手強いね」

 口元を押さえた斯波がつぶやく。

「剣崎さん。どうしても決まらなかったら、私が手配したものを譲りますけど」

 長くなる前に、と孝子は先手を打った。

「ケイティーは何を贈るつもりだったの?」

「ドライヤーです。やつは癖毛がひどいんで、美容院でお手入れしながら伸ばしていってるんですけど、その美容院で使っているものを売ってもらいました。すごくしっとりと潤うんですよ。私も同じ美容院なので効果は実感してます」

「いいね。ケイティーの推薦なら安心してプレゼントできる。いくら?」

「五万で」

「うん。それ、譲って」

「はい。明日にでも持ってきます」

 ここで孝子はにやりとした。

「しめしめ。これで、正村にドライヤーを借りれば、実質、ただだぜ」

「うまい」

 岩城の合いの手が入って締めは完成した。続くのは全員の哄笑であった。

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