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未知標  作者: 一族
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第二四四話 フライ・ハイ、カラーズ(九)

 紅葉には、やや早かったが、一カ月前と比較すると平均気温は一〇度近く下がった。連日、絶好のゴルフ日和が続いているという一〇月末だ。この日、孝子は初めてのゴルフに挑戦するべく、ゴルフコースに向かっていた。目指すは高鷲重工の保有するプライベートコース「舞浜カントリークラブ」である。

 今回のゴルフは、孝子と黒須の掛け合いが端緒となった。へっぽこゴルファーとからかってきた前者に、後者が身のほどをわからせようと勝負を挑んできたわけだった。

 対決の見届け役はカラーズ勢の麻弥、みさと、尋道と黒須夫人の清香だ。春菜の参加希望もあったが、あいにくと「中村塾」の活動日と重なっていた。またの機会に、と退けた。

「私、前にボールを飛ばせるかな」

「僕なんて、手で投げたほうが、早くカップに入れられそうですよ」

 しけた会話を麻弥と尋道が繰り広げていた。見届け役の四人も孝子たちと同じパーティーでプレーする。一パーティーに六人は多いが、黒須によって特例が宣言されていた。

「四人まとめて愛想を尽かされないようにしないとね」

「一緒にしないで。私は比較的、前に、真っすぐ、ボールを飛ばせてるの」

 みさとの発言に孝子は異議を唱えた。孝子の運転するウェスタに乗っているのは四人である。用具一式はコースでレンタルするのがいい、見繕わせておく、と黒須に言われてウエアだけ持参の軽装なのだ。

 孝子たちが舞浜カントリークラブに到着したのは、午前一一時を少し回ったところだった。待ち合わせ時間は正午なので、少し早かった。

「やっぱり、紅葉はまだだったね」

「さすが重工のプライベートコース。車が重工ばっかりー」

 助手席側から降り立って、見えた景色はほぼ同じはずなのに、異口「異音」を発した二人が顔を見合わせた。

「やっぱり、お前、おかしい。なんで女子が最初にそんなことに目が行くんだよ」

「うるさいな。好きなんだよ。仕方ないだろ」

「やっぱり一一月にならないと厳しかったですね」

「もっと寒くならないと、だね」

「……今日、うまくゴルフができたら、そのころにでもまた来てみようか」

 多勢に無勢で、麻弥も紅葉についての話題に加わってきた。舞浜カントリークラブは、舞浜市の北西端に広がる丘陵地に所在している。風光明媚のコースとして知られ、特に晩秋の紅葉は見事の一言に尽きる、という評価だった。

 一五分ほどして駐車場に黒塗りの車が乗り入れてきた。孝子たちに向かって進んできて、隣のスペースに停止する。運転席から黒須が出てきた。助手席の清香も同時だ。

「待たせたか?」

 あいさつを交わした後に黒須が問うてきた。

「待ちましたけど、私たちが早く着き過ぎただけなので」

「そうか。ところで、こんな隅っこじゃなくて、もっと前にとめたらどうだ。クラブハウスのところに、あるだろう」

 白亜の館ともいうべきクラブハウスの傍らにある駐車スペースを黒須は指した。見るからに大ぶりの車が何台もとめられている。

「あそこ、重役さんとかがとめる場所じゃないですか」

「そうだが、俺も重役だ。構わん」

「いいです。私の車じゃ場違いです」

「この青いのは、君の車か」

 黒須が孝子のウェスタの前に立った。

「ワタゲンか。うちのに変えんか。紹介するぞ」

「あ。重工さんは、マニュアルがないんで、孝子は」

 車好きのフォローが入った。

「ん? これ、マニュアルか。神宮寺君は、車好きなのか」

「いいえ。私はマニュアルを運転するのが好きなだけです。車好きは、その子。黒須さんの車を初めて見たときなんて、御料車のベースだ、ってはしゃいでましたもの」

「ほう……! よく知ってたな」

「はい。でも、実車を見たのは初めてで。つい興奮しちゃって」

「女の子が、この車を見て興奮っていうのも珍しいんじゃないか。そうだ。君たち、ラウンドが終わったら、うちに来んか? 正村君、帰りに運転してみんか?」

「いいんですか!」

「いいとも。もう一人、乗らんか? 神宮寺君は、どうだ?」

「少々、お待ちを。斎藤さん。マニュアルは、運転できますか?」

 また、こいつは、と孝子がむっとしかけた瞬間に尋道の待っただ。

「うんにゃ。私、免許はAT限定」

「では、神宮寺さんに行かれては、困ったことになりますね。斎藤さん。お願いします。盛り上げてきてください」

「あいよ。任しとき!」

「わかった。それでいくか。じゃあ、俺たちは荷物を預けてくる。君たちはクラブハウスの中で待っていてくれ。……あ。待て」

 黒須が麻弥に向かって手招きした。

「正村君。乗せていってくれ」

 手渡された黒革のキーケースを持って、いそいそ麻弥は黒塗りの車の運転席に乗り込んだ。

「……世の中、何が幸いするか、わからないものね」

 ゆっくりと動きだした車を見送りながらみさとが述懐した。全く、「人間万事塞翁が馬」とは、よく言ったものであった。

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