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未知標  作者: 一族
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第二三話 春風に吹かれて(六)

 この日、麻弥は友人の斎藤みさとと共に、舞浜市北区にある市立総合体育館前の広場にいた。あいにくの曇り空の中、体育館では今年度の舞浜大学の入学式が挙行されている。法学部法律学科に合格した孝子も会場内の人だ。

 広場は閑散として、二人以外には腕章を巻いたスーツ姿の男女数人がいるだけである。舞浜大学の職員だった。いわく、入学式当日は禁止となっているクラブ、サークルへの勧誘活動が行われていないかのパトロール、だそうだ。また、偽装サークルの監視と注意喚起も併せて行っている、という。二人も声を掛けられたが、学生証を提示した上で、新入生の友人を祝福するために待っている、敷地外で待つべきならそうする、と伺いを立てて許可を得ていた。

「しかし、どんな子が出てくるのかしらね」

 腕組みをしたみさとが、のぞき込むように麻弥の顔に自らの顔を近づけてきた。ウエーブのかかったセミロングに、めりはりの利いた長身のみさとは、麻弥の知る中でも上位の容姿の持ち主だった。少し下がり目のまなじり、今日の黒いセーターの上からでも容易に判別できる豊かな胸などに代表されるたおやかなさまを、麻弥は素直にうらやましく思っている。当人の自覚も十分で、多少、鼻に掛けたところが目立つ。そこは、玉にきず、である。

 その「きず」の部分が、今回の事の起こりとなった。同じ商学部経営学科に所属する麻弥とみさとが親しくなったのは、オリエンテーションで、隣の席に座り合わせた偶然からだ。共に軽装を愛好するような、さばさばとしたあたりが合ったのか、二人は急速に親密の度合いを深めていった。

 親しくなるにつれて、徐々に砕けていくやりとりの中で、学友がたまさかに口にする、自分よりもはるかに美形なる存在に、みさとは強い興味を示していた。みさとは麻弥の容貌を、自分と比べても、かなり悪くない、と評価している、そうだ。つまり、麻弥よりはるかに美形は、もしかしたら自分よりも美形なのか。気になって仕方がない、らしい。

「会わせて!」

「駄目だ」

 浪人生なので、無駄な時間は使わせられない、と麻弥は断った。写真を見せろ、の要求には、撮影を依頼したときに、自らを射貫くであろう眼光の威力を考えて、保身のために断った。以後、みさとの口から、その話が出なくなったので、飽きたか、諦めたか、忘れたか、と麻弥は思っていた。しかし、四月に入ってすぐに、みさとめ、電話をかけてきた。

「例の子、うちの大学に受かったの?」

「まだ覚えてたのか」

「忘れるか。で、どうなった?」

「受かった」

 入学式にかこつけて、とみさとは言う。保護者の参列もあるだろうし、と麻弥は逃げを打つ。垣間見るだけでいい、とあくまでみさとは引かない。ついに根負けした麻弥は、垣間見の最中に発見された場合を考え、恐る恐る孝子に切り出した。意外にも返事は、応、であった。

「学生一人に保護者一人、って要請があってね。申し合わせて誰も来ないことになったの。大丈夫だよ」

「要請、って大学の?」

「うん。有名な大学だと学生の倍ぐらい保護者が来ちゃうんだってね」

「ふーん。まあ、市立体育館は狭いしな。……でも、一人なら、いいんだろう?」

「父母の間で争いが起きましてね」

「ああ。もめるぐらいなら、いっそ、か」

 一安心となった麻弥は、斎藤みさとについて、こう語ったものだ。

「さっぱりとして、いいやつなんだけど。少し、ばかかも」

「本当にばかなら、麻弥ちゃんも仲よくしてないでしょ」

 こうして入学式後の祝賀会が決定したのである。

 午前一一時半。体育館の玄関に人の第一波が現れた。午前一〇時開始の式が終わったようだ。

「多分、ゆっくり出てくる。最初に駆け出てくるやつじゃない」

「おう」

 人の波を避けるべく、麻弥とみさとは広場に隅に移動した。待つこと、一〇分弱。

「あれか。あれでしょ。一発でわかった」

 グレーのパンツスーツに身を包んだ孝子が姿を見せた。「美幸セレクト」の逸品である。スカートでないのは、四月はまだ寒い、という配慮だ。

「そう。あれ」

「さすが、正村が褒めるだけはあるわ。……うーむ。顔は、負けた、か?」

「お前たちぐらいになると、後は見た側の好みだろ」。

「フォロー、ありがと。しかし、細いな。体は勝った。脚、長いし、首も長いし、なんかキリンみたい」

「余計なことは言うなよ」

「言わないさ」

「あと、顔からすると、かなり声が低いんだけど、これは一発アウト。かなり気にしてる」

「了解」

「じゃあ、行くか」

 麻弥とみさとが歩き始めたのと同時に、辺りを見渡していた孝子が二人に気付いた。手を振る孝子に、みさとが両手を振り返す。麻弥も軽く右手を上げる。

「正村。なんか、でっかいのが一緒に来てるっぽいけど、あれは知り合い?」

 みさとが言うのは、孝子の隣にいる紺のパンツスーツの女性だった。一七二センチの孝子よりさらに背が高く、横幅は倍ほどもありそうだ。所々がくりんくりんと跳ねた、収まりの悪いミディアムヘアをしている。

「ホワイトアスパラと大根だ」

 みさとの言葉に噴き出しかけて、麻弥はこらえた。確かに、二人とも色白だ。

「やめろよ」

「言わない、って」

「知り合いじゃないけど、知ってる。孝子の妹って、バスケでかなり有名なんだけど、そのライバルだった子。那古野(なごや)の子で、北崎春菜(きたざきはるな)

「ああ。なるほど。あれはスポーツやってるたくましさだね」

 二組が合流した。

「ハルちゃーん、舞浜へようこそ。私、斎藤みさと。正村の親友も初めまして。よろしく!」

 いきなり呼び掛けられて、春菜も面食らっていたが、すぐに笑顔であいさつを返す。

「那古野から来ました、北崎春菜です。よろしくお願いします」

「初めまして、斎藤さん。神宮寺孝子です」

「正村麻弥だ。よろしく。……ええっと、私たちは北崎を知ってるんだけど、北崎は?」

「以前に一度、鶴ヶ丘のご自宅に泊めていただきまして、その時、お姉さんとも」

「ああ。それでか」

「うん。中で声を掛けてくれたの」

「積もる話は後だ」

 みさとの言に、麻弥もうなずいた。

「そうだな。じゃあ、移動するか」

 目的地は市立総合体育館から程近い繁華街の、ちょっといいしゃぶしゃぶ店だ。しゃぶしゃぶなら、だしだけで足りる孝子も、もうひと味欲しい周りも、それぞれで対応できる。もちろん、孝子を知り尽くす麻弥の選定である。

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