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未知標  作者: 一族
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第二三七話 フライ・ハイ、カラーズ(二)

 午前五時の東京空港、国際線の到着ロビーは閑散としていた。わずかにたたずんでいるのは、到着便での来訪者を待つ人たちだろう。その中から、上下が白と黒のジャージーをまとった長身の美女、この目立つ存在を識別するのは極めて容易だった。迎えに行く、と名乗りを上げてくれた美鈴だ。

 お互いの表情を見て取れる距離になった。先に静の、続いて美鈴の表情が変わった。静の単独行を案じて、だったろう。美鈴の浮かべる深い憂いに感じ入った静は目頭を熱くした。その表情が、やはり、と勘違いさせてしまったようだ。美鈴は強い後悔の念を浮かべて近づいてくる。

「違うよ。美鈴さん」

 駆け寄って、軽く体当たりした。

「美鈴さんが心配してくれてるのがわかって。いい人だな、って感動してただけ」

「……本当に?」

「本当。だって」

 ふわりと、柔らかなものが静の頬に押し当てられた。美鈴のハンカチだった。目が合って、微笑だ。

「強がりでも、いいよ。信じてあげよう」

「強がりじゃないです」

 ここで、直前の、だって、につながる。

「私、ファーストクラスだったんですよ」

「えっ!?」

 美鈴の奇声が響く。静は慌てて周囲をうかがった。そもそも早朝で人が少なかったのは不幸中の幸いだったとはいえ、それでも視線は二人に集中している。

「もう。大きな声を出さないで。行こう、美鈴さん。車で話そう。えっと、車ですよね?」

「おう。車、車。行こう」

 動きだした二人は、さすがに早い。ターミナルビルから駐車場まで伸びる長い通路を一気に抜けて、車までは、あっという間だった。

「あ。美咲叔母さんの車」

 駐車スペースにとまった見覚えのある白い車に、静は思わず声を上げていた。

「うん。ほとんど乗らないんで、好きに使って、って」

 美鈴、日本に戻ってからは、なんと鶴ヶ丘の神宮寺「新家」で居候生活を送っていた。「中村塾」の他の塾生たちと同じく高鷲重工の選手寮に入る予定だったものが、孝子主催の慰労会で意気投合した那美に連れ込まれたのだった。

「重工に行くのとかに使わせてもらってるんだ」

「私も乗せていってください」

「もちろん。よし。じゃあ、帰るぞ」

 車が通りに出たところで、美鈴がぼそりとつぶやいた。

「……しかし、ファーストクラスか。スーちゃんは降りてくるのが、やたらに早かったのは、それでか」

「いの一番ですよ」

「値段、どれくらいした?」

「正確な金額はわからないけど、少なくとも一万ドル以上するみたいです」

「スーちゃんが買ったんじゃないんか……?」

「アーティが心配してくれて、わざわざ手配してくれたんです」

「……アート、私にはしてくれなかったぞ」

「美鈴さんは、放っておいても大丈夫そうだし」

 ちっ、と美鈴のわざとらしい舌打ちだ。

「嫉妬しないでくださいよ」

「後で泣かす。……でも、アーティが言ってたっけ。自分も一人だと不安になるかも、って。身につまされたのかもね」

「はい」

「ファーストクラス、やっぱりすごかった?」

「すごかったです。大きな扉があって、個室みたいになって。シートも、すごく広くて。フラットにしたら寝返りも余裕でしたし」

「おおー。いいなあ」

「三月にアメリカに行ったときは、周りの人が気になって仕方がなかったんだけど、あれなら大丈夫。機内食も豪華だったし。高いのはわかってるけど、正直、また乗りたい」

「私も来年は奮発して乗ってみようかな」

「いいですね。美鈴さんが乗るんだったら、付き合いますよ」

「じゃあ、しっかり稼がないとね」

 その後も車内は、ファーストクラス談議で盛り上がる。いつしか車は高速道路に突入していた。湾岸を走る道は、東京都大港区から神奈川県環崎(たまきざき)市を経て舞浜市へと抜ける。日の出前の海上にきらめく「高鷲島」の絶勝も、やがて静たちの眼前に姿を現すだろう。

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