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未知標  作者: 一族
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第二三六話 フライ・ハイ、カラーズ(一)

 静のLBA挑戦、その一年目が終わった。所属するレザネフォル・エンジェルスは、LBA史上初となるシーズン、プレーオフ、ファイナルの完全制覇を成し遂げたのだ。

 シーズンから西地区のカンファレンス・セミファイナルまでは快調そのものであった。カンファレンス・ファイナルこそ市井美鈴に手を焼かされたが、ここを無敗で乗り切った後は、もはや盤石だ。九月の最終週に行われた五戦三勝制のLBAファイナルでは、東地区を制したシエル・エアロズを粉砕した。

 しかし、快挙にもチームは冷静だった。そもそもエンジェルスには、シェリル・クラウスがいる。今を去ること一七年前、この地元LASUのスーパースターを獲得してからというもの、エンジェルスが強豪でなかった期間は存在しない。さらに二年前にはアーティ・ミューアがチームに加入した。シェリルは全く衰えを見せない。二敗。一敗。おととしと昨年の、エンジェルスの負け数だ。ほぼ、無敵、といっていい状態である。完全制覇は時間の問題だった。取り立てて騒ぐまでもないのだ。

 主戦選手として、立派にやった自負はある。加えて、静にとっては初めてのビッグタイトルだ――高校総体の優勝は、試合途中の負傷退場で画竜点睛を欠いたため、個人的にはノーカウントとなっている――素直にうれしかった。しかし、周囲がはじけない以上、静だけ浮かれるわけにもいかない。粛々と過ぎていく優勝に連なる出来事を、常勝チームの一員として、そつのないようにこなしていくだけだ。

 満点に近いアメリカでの日々で、強いて心残りを挙げるなら、新人王を取り逃したことだろう。ルーキーながらアシスト王とスティール王に輝いた事実は、誇ってよい、と思う。ただ、同じくルーキーシーズンの得点王兼LBA最高の五人を意味するオールLBAチームの一員が、身近にいた点が静の不幸となった。ひそかに楽しみにしていたザ・ブレイシーズのライブはキャンセルになるだろう。残念だが仕方ない。

 優勝が沈静化すると、次はチームメートたちの出国ラッシュだ。彼女たちは他国のリーグで越冬する。LBAの稼ぎだけでは十分でなく、通年でバスケットボールを続ける必要があるためだった。

 一〇月上旬の一日、静はチームメートのコニー・エンディコットを見送るためにレザネフォル国際空港を訪れた。エンジェルスでの活躍が認められたコニーは、冬のシーズンを中国のプロチームで活動する。シエル・エアロズの徐明霞と同じチームだとか。

「本当は、日本のチームに行きたかったんだよね。スーと仲よくなって、すごく日本に興味が出てきて。でも、日本は外国籍の選手を受け入れてないっていうじゃない。それで、ね」

「なんでよ」

 静の運転手として同行していたアーティの問いだ。――かつて日本リーグの各チームは、即効性のあるチームの強化策として外国籍の長身選手を多用していた。これは、当然の帰結として、日本人にしては高くて強い者たちが、強大な外国籍選手に押し出されてインサイドでのプレー機会を失う、という事態を生み出す。日本人選手育成の観点からして、外国籍選手の存在は明らかな弊害である、と日本リーグが彼女たちの排除に踏み切ったのは、もう何十年も前の話だ。そして、今なお、その「鎖国」状態は継続中なのである。

「そんなの、コニーには関係ないじゃない」

 言いながら、アーティは、はるか眼下に見るコニーの頭をぽんぽんとなでる。一八七センチのアーティに対してコニーは一七一センチだ。

「でしょ? だったら、でかいのだけ禁止すればいいんだよ。私みたいにちっちゃいのは巻き添えじゃん。ねえ、スーも、そう思わない?」

 ここで矛先が静に向いてきた。

「私に言われても……」

「そりゃ、そうか。そういえば、スー。いつまでこっちにいるの?」

「もうちょっと。一週間ぐらい」

「一週間って、随分とゆっくりだね」

「チケットが取れなくてね」

 静が返す前にアーティだ。

「日本行きの便って、そんなに混んでるの……?」

「違う。スーが泣くの。それで、仕方なく」

「ちょっと! アーティ!」

「え、なんの話?」

 二度目の渡米のときである。一度目は、ボディーガードの伏見由香が引き回してくれたおかげで平気だったのだが、単独行となった二度目は駄目だった。一人きりの不安にさいなまれるあまり、心身に甚大なダメージを負った静は、迎えの人たちの前で安堵の涙を見せてしまったのであった。

「スーはかわいいなあ!」

 笑いながらコニーは静を抱え込む。

「うるさい! さっさと中国に行け!」

「なんだよ。怒らないでよ」

「ファーストクラスの、ほとんど個室みたいになるシートを探してたら、ちょっと先までチケットが取れなくてね。それで、一週間後」

 コニー、あんぐりと口を開けた。

「……日本までのファーストクラスって、どれくらいするの? 高くない?」

「一万ぐらいじゃなかったかしら」

「スー、出すの? 日本までは一〇時間ぐらいだっけ? 我慢したほうがいいよ。そうだ。サラマンドのミスは? ファイナルのときはいたよね? まだ、こっちにいるんじゃないの? 一緒に帰ったら?」

「いや……」

 サラマンドのミスこと市井美鈴氏は、静の応援を終えると同時に帰国している。

「ファイナルの後の行事とかにまで付き合ってもらうのも悪いかな、って。先に帰ってもらった」

 美鈴への気遣いのつもりだったが、今となっては後悔している静だった。待ってもらえばよかった。二人なら大丈夫なのだ。静の人となりを理解する美鈴も、待つよ、と言ってくれたのだ。甘えればよかった。本当に、待ってもらえばよかった。

 というのも、

「コニー。出すのは私。大した額じゃないし、心配しないで」

 これだ。

「うええっ。一万が大した額じゃないって。もう……」

「私も、ね。一人で旅とか経験ないのよ。スーの話を聞いて、人ごとじゃない、って思って。だから、スーの力になってあげたいの」

「ふーん。アートも泣いたの?」

「泣いてない! そもそも、私は一人の旅はしてない、って言ったでしょう!?」

「じゃあ、一人で旅したら泣くんだ」

「泣かない!」

「本当かなー? えっへっへー。じゃあ、そろそろ行く。泣き虫ちゃんたち、また来年ねー」

 破顔一笑したコニーは手を振り振り旅立っていった。静とアーティの罵声に送られながら。

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