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未知標  作者: 一族
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第二三五話 強風、ハロー(二七)

 がつんとやっておく、と黒須夫人の清香が頼もしく請け負った黒須貴一の再教育は、直ちに行われたようだ。改めて謝罪をしたいので招待を受けてほしい、と清香を経由して黒須の申し出であった。明日にでも、というが昨日の今日は、さすがに気ぜわしい。あさって、月曜日の夜ではどうか、と孝子は返した。麻弥のアルバイトがなく、「中村塾」も休養日だ。他にしわ寄せがいかない。加えて、清香が、ぜひ、見せたい、と言っていた「高鷲島」の夜景にも興味がある。要望は通り、月曜、夜の訪問が決まった。

 麻弥にいきさつを話していると、聞き付けた春菜が同行の名乗りを上げてきたが、これは一蹴した。あの気位の高そうな大男が二度目の謝罪だ。さぞ決まりが悪かろう。無関係の者の同席を許すべきではなかった。

 そして、月曜日になった。黒須宅への出発はアルバイトの後だ。麻弥が置いていってくれた車で向かう。目指すは新舞浜駅ターミナルビルだ。

 新舞浜駅の北口広場は、広大な緑化地帯となっている。その一角に、ぽっかりと開いているのが「高鷲駅ビル」マンションゾーン専用地下駐車場の入り口だ。進入し、あらかじめ清香に聞いていたゲスト用の駐車スペースに車をとめた。

 地下駐車場ロビーの集合玄関機を操作し、黒須宅を呼び出す。応答した声は清香だった。

「奥さま。神宮寺です。ただいま到着しました」

「はーい。開けるよー」

 解錠された扉をくぐって、孝子はエレベーターホールに入った。黒須宅がある六四階までは、世界最高速とかいう高鷲重工製のエレベーターがいざなってくれる。前回の訪問で得た知識だった。

 黒須宅の前には黒須と清香がいた。

「こんばんは。今日は、お招き、ありがとうございます。……黒須さま。奥さまに、ぼこぼこにされた、って伺いましたけど」

 先制攻撃に、夫妻は笑み崩れた。

「うん。久しぶりにやられたよ。以後、君には清香さんに接するつもりで相対することにしよう。本当にすまなかった」

「承知しました。では、この話は、これで終わりにしましょう。奥さま。お招きくださったからには、いいものを食べさせていただけるんですよね」

「本当に強い子。もう、大好き。さあさ。どうぞ、中へ」

 三人は黒須宅に入った。長い廊下を抜けてリビングに入ると「高鷲島」を中心に据えた新舞浜の夜景だ。昼の眺めは知っていたが、別次元の壮麗さである。孝子はリビングにいた先客に声を掛けた。

「中村さん。すごい眺めですね。昼間は、この間、お邪魔したときに見たんですけど、それとは別天地みたい」

 この場に中村がいる理由は、黒須宅に居候しているためであった。実家のある東京都鷹場市からでは、新舞浜まで遠かろう、という理由で黒須に引っ張り込まれたのだとか。鷹場市に実家のある佳世によれば、電車では、乗り換え、乗り換えで、舞浜大まで二時間の距離があるらしい。強引ではあったが後輩思いらしい黒須の一手といえた。

「ええ。私も先輩が、こちらに住まわれて、すぐに招いていただきましたが、いや、驚きました」

「中村さんは、あのおじさんと親友同士なんですね」

「いや。親友は畏れ多いですよ。桜田のころから、本当に目を掛けていただいてます」

「こいつは」

 と言いながら黒須が二人のそばに歩いてきた。

「大学のときのけがで選手を諦めて、指導者になったんだ。あのときは、がっかりしたさ。俺の現役時代なんて知らないと思うが、これで全日本だったんだよ。その俺の再来、なんて言われてたんだがな」

「え?」

 孝子、わざとらしく聞き耳を立てるそぶりをした。

「本当だぞ」

「冗談です。お二人は、ポジションでいったら、どこになるんです? 男子だと、お二人ぐらいあっても、そんなに高いほうではないんですよね? 北崎と同じあたりですか?」

「いえ。われわれは、市井と同じです。二番、シューティングガードですね」

「おーい。続きは、ご飯を食べながらにしよう」

 清香の声に三人は従った。和やかに夕食会が始まった。ダイニングに用意されていたのは、黒須夫妻がなじみのレストランの特製だ。孝子のアレルギーについて、厳重に注意を喚起した上で作らせたものなので、安心して食べてほしい、とのことである。神宮寺家のなじみであるすしの名店「英」以外で外食することは、ほぼない孝子だ。ありがたく、新鮮な気持ちでいただいたのであった。

「腹ごなし、せんか?」

 食事が済んだところで、黒須が言ってきたのは、ゴルフシミュレーターだった。ゴルフ好きの黒須が、広大な住まいの一室を丸ごと使って据え付けた、本格的なやつだ。

「……私にセンスがあるのか。黒須コーチの教え方がいいのか。……前者だな」

「言ってくれる」

「私がレフティーなのに気付かなかったわけですし」

 最初、右利き用のクラブが、どうもしっくりこなかった孝子だったが、素振り用のスティックに持ち替え、レフティーで振ってみると、すこぶる調子がよい。ご機嫌で、舌も回る。

「これは、下手の横好きの、へっぽこゴルファーに違いない」

「俺の実力を知らないな? 勝負するか?」

「奥さまにやられたのなんて、比べものにならないぐらい、ぼこぼこにしますよ?」

「受けて立とう。いつにする?」

「もう少し涼しくなってからでいいです。日焼けが気になりますので」

「確かにな。なら、一〇月の終わりぐらいをめどにするか。そのころなら紅葉も狙える」

「わかりました。それまではこちらに押し掛けて練習します。この前、一緒だった子たちも連れてきていいですか?」

「もちろんだ」

 孝子にしては、うまくやったほうだろう。先日までの競演相手だったみさとが顛末を知れば、欣喜雀躍するに違いない。カラーズと高鷲重工の大立者、黒須貴一とのよしみは、ここに結ばれたのであった。

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