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未知標  作者: 一族
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第二三四話 強風、ハロー(二六)

 アストロノーツ、「中村塾」の順番で差し入れを渡した孝子は、最後に、みさとたちの元に向かった。

「奇遇」

「あんたこそ。ねえ。こちら、どなたかわかる?」

 みさとはTシャツワンピースの女性を示した。

「一回で当たったら、お昼をおごってもらおうかな」

「お。自信あるわけ?」

 みさとの隣で笑い声だ。

「みさとちゃん。さっき、アストロノーツの子が、この子に話し掛けられて、こっちを見てたよ。多分、その時に聞いてる」

 そのとおりだ。話の取っ掛かりにするつもりで、知ってはいたが、あれは誰だ、とアストロノーツの選手を捕まえて聞き出していた。そこを目撃されていたようである。早々に、よい具合の取っ掛かりとなってくれたではないか。

「せっかく斎藤を担いで、お昼にありつこうと思ってましたのに。黒須さまの奥さま。私に何か恨みでも?」

「ごめんなさい。夫婦そろって相性の悪い、なんて思わないでね。改めまして。黒須の妻の清香(さやか)といいます」

「お初にお目にかかります。神宮寺孝子と申します」

「貴一さんが、ご迷惑をお掛けした、って聞いて。本当に申し訳ないことをしました。許してちょうだいね」

「奥さまのお気持ちだけ頂戴いたします」

 孝子より、やや低い位置にある整った目鼻立ちが、つと寄った。

「貴一さんと私を合わせたような子、って聞いてたけど」

「奥さまの成分は褒め言葉としてお受けいたしますが、黒須さまの成分については、悪口でしょうか?」

 噴出の三連奏となった。中村が寄ってきていたのだ。「中村塾」は休憩に入ったようであった。

「中村君。貴一さんが気になるのもわかるね」

「それはもう。果断な方です。神宮寺さん。奥さまは、私が桜田に入ったときの先輩でして。以来、ずっとお世話になっている方なんですよ。どうかお手柔らかに」

「大丈夫です。奥さまには、含むところはございません」

「……この子に、いつもの調子で接してたら、それは、嫌われる。思い浮かぶよ。初めて会ったころもそうだったもの。生まれつき、なんでしょうね。親分肌というか。でも、一歩、間違うと、押し付けがましくってね」

「おっしゃるとおりです」

 みさとの体当たりがきた。

「……何?」

「あんた。少しは遠慮しろよ」

「みさとちゃん。大丈夫よ。事実なの。結婚する前に、それで、大げんかしたこともあるもの」

「……けんかというよりは、一方的な猛攻だった、と伝え聞いておりますが」

「中村君。余計なことを言わないの。……なんで、あなたは、いつも、してやろう、なの? たまには、させてくれ、とか言ったら? 私を下に見てるから、そういう口の利き方になる、ってね。言ってやったよ」

「はい」

「効いたんでしょうね。それ以来、私には対等に接してくるようになったんだし、こういう気の勝った子への対応だって、わかってるはずなのに」

「奥さまの教育がまだ足りてなかったんじゃないですか」

 放言に清香がのけ反った。

「強い子。本当に私たちを合わせたみたい。わかった。改めて、がつんとやっておく。……ところで、さっき、私ったら、うっかり神宮寺さんがお昼にありつくチャンスをつぶしちゃったでしょう? おわびに、ごちそうさせてくれない?」

 視界の端に喜色をあらわにしたみさとが映っているが、こういう場合に孝子が返せる答えは決まっている。

「せっかくですが、アレルギーがひどいので。ご遠慮させていただきます」

「あらー。それは残念だわ。じゃあ、こういうのは、どう? 私たち、ちょっと景色のいいところに住んでるの。そこに招待させてもらえないかな? 途中、お買い物をして帰ろう。で、アレルゲンにならないものを選んでもらって、うちで食べるの。あ。貴一さんは、今日はゴルフに行ってて、暗くならないと帰ってこないから、心配しないで」

「……奥さまが、ここまでおっしゃってるんだし」

 寄ってきたみさとの肩に孝子は腕を回した。

「誘われてるのは私だし? 斎藤さんは心配しなくてもいいのだよ?」

「それは、そうだけど……」

「うそ。奥さま。ご招待、二人でお受けしてもよろしいでしょうか。斎藤さんの食べるものは自分で買わせますので」

「うわ。ひでえ」

「むしろ、神宮寺さんの食べるものもみさとちゃんに買ってもらえば、私のうっかりも帳消しね?」

「こちらもひどい。鬼か」

 清香の笑いが華やかにはじけた

「よし。行くぞ。歩きだけど、すぐ近くだし、平気だね」

「そういえば、お住まいはどちらでしょう?」

 何気なく尋ねた孝子だったが、返ってきた答えには、度肝を抜かれた。

「駅ビルの上のほうだよ」

「……ああ。上のほうは、マンションとか、ホテルとか、なんですっけ。うわあ。海、見えるんじゃないですか?」

 みさとも驚愕を隠さず、ほうけた顔をさらしている。

「余裕、余裕。夜の『高鷲島』なんて、ぜひ、見せたいけど、貴一さんも戻ってくるしね。それは、また、今度にしようか。じゃあ、中村君。私たちは、これで」

「はっ」

 意気揚々と歩く清香の背後に孝子とみさとは付いた。二人の視線がかち合う。

 ……これで、よかったか。

 ……最高だ。

 名優たちの演技はさえ渡っている。

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