第二二六話 強風、ハロー(一八)
着々と「中村塾」への覚悟と準備を進める静だったが、一方で、なかなか踏ん切れなかったのはエンジェルスへの報告だ。それはそうだろう。嫌悪感もあらわに、あの男をやっつける、と宣言し、チームメートたちの助力を得て、それを達成しているのだ。どの面下げて、というやつではないか。
恐る恐る打ち明けた最初の相手のアーティには、
「……はあ? 呼ぶやつも呼ぶやつだけど、行くやつも行くやつね」
とぺしゃんこにされた。
げっそりとしながら静は、まずTHIセンターにフロントを訪ね、次いでチームメートたちへ報告する。
「あれだけのされて、それでも声を掛けてくるなんて。スーの勝ちじゃない」
トレーニング前のミーティングで時間を割いてもらい、例のミスター・ナカムラと一緒にやることとなった旨を発表したところ、返ってきたのが、ヘッドコーチ、ノーマ・バリーの、この言葉だった。
「スー。あなたは、ミス……。誰だったっけ?」
「ナガサワ……?」
「そう。そのミス・ナガサワが正しかったことを、確かに証明したのよ。胸を張って。大威張りで行ったらいいわ」
爆発したようなライトブラウンヘアをゆらゆらとさせながら、ノーマは両手の親指を突き上げている。
「いい気分でしょう、スー。スーにすがり付いてきた、ってことだもんね」
静の隣に立っていた金髪お下げのコニー・エンディコットがしゃべりだした。
「まあ、ね」
「何を、甘っちょろいことを。私だったら相手が辞めない限りは絶対に許さないわよ」
「あなたなら、そうでしょうね」
アーティとシェリルだ。ぴしゃりとアーティの世まい言を止めておいて、シェリルは静を見つめた。
「日本がユニバースに出てきたら、スーと真剣勝負ができるわね。スー、決勝で会いましょう」
「うん!」
胸を張った静の周囲では、ぷっ、と噴き出す声が複数だ。
「ちょっとー。なんで笑うのー」
「だって、全日本って、五月に対戦した、あのチームでしょう? いくら、スーがいても……。サラマンドのミスはいるの?」
「加わるよ」
「そう。それでも、やっぱり、難しいんじゃないかしら?」
ほほ笑みを浮かべながら、シェリルに次ぐベテランのデビー・スコットが静の肩を抱いた。
「じゃあ、デビー。ランチを賭ける?」
「いいわよ。全日本がユニバースの決勝に勝ち進んで、ステーツと戦えるか、どうか、ね? 私は、そうね、ベストエイト、って言ったら気を悪くさせちゃうかしら」
「ううん」
「私も交ぜてよ。私は、全日本、決勝まで来ると思うな。スーとミスがいれば、ステーツ以外には、そうそう負けっこないよ」
コニーの参加を機に、チームメートたちも続々と声を上げる。だいたい半々でベットがされていった。過去の実績を考えれば、相当、気を遣ってくれている感じがして、ほほ笑ましい。
「アートは? シェリルもどう?」
端で見守っていたアーティとシェリルは、コニーに声を掛けられたのと同時に笑いだした。
「どう、って。全日本が決勝まで来るに決まってるじゃない。しかし、スーもひどいわね。『cutie Sue』なんて呼ばれるだけのことはあるわ」
「え!?」
二人を除き、静を含めた全員が困惑だ。
「スー。『機械仕掛けの春菜』は? いるんでしょう?」
「あ」
シェリルの指摘で気付いた。チームメートたちは五月に粉砕した全日本の姿しか知らないのだ。そこに静と美鈴が加わったところで、という考えは、ある程度、正しい。その彼女たちに『機械仕掛けの春菜』の存在を告げることなく賭けを持ち掛けたのでは、「cutie」――抜け目がない、と言われるのも当然だ。
「いるのね?」
「いる。みんな、ごめん。賭けはなしにするよ」
「どういうこと? シェリル。『機械仕掛けの春菜』って、何?」
コニーの声に皆の視線がシェリルに集まった。
「皆は、知っているかしら? ハルナ・キタザキというプレーヤーのことを。日本人よ。今年の七月にあった世界大学スポーツ選手権大会で、ステーツのチームは、彼女一人に負けたわ。まるで機械のように正確な動きをする、本当に素晴らしいプレーヤーだわ。私は彼女を『機械仕掛け』と呼んでいるの。彼女のいるチームが、私のいるステーツ以外に負けるとは、とても思えないわ」
けんけんごうごうだ。トレーニングの後、アーティの依頼で世界大学スポーツ選手権大会バスケットボール女子決勝の映像をエディが持参して、急きょ、観戦となった。
結果、満場一致で賭けの不成立が決まった。エンジェルスのつわものたちも春菜を認めたのだ。




