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未知標  作者: 一族
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第二二五話 強風、ハロー(一七)

 春先の渡米以来、もののない生活を貫いてきた静の個室に大変革だった。デスクの上に大型のタブレットが据えられたのだ。郷本尋道の依頼を受けたというエディ・ジュニアが調えてくれたものだった。

「突然、渡されても……。使い方わからないよ。私、機械は苦手だし」

「ヒロミチサンに、シズカサンのスマートフォンと同じメーカーにするように言われて、そのとおりにしたよ。使い方も似たようなものさ」

 言われて初めて、そういえば目の前のタブレットと自分のスマートフォンは似ているな、と気付くあたりで自己申告は正確だったといえる。

「ああ。それなら、なんとかなりそう、かな……?」

 タブレットにはカラーズも使っているコミュニケーションツールが導入されていた。初めての通話の相手は、SO101にいた尋道だ。

「どうですか。ちゃんと映ってますか」

「大丈夫です。郷本さんの顔も声もばっちりです。それより……」

「はい。なんでしょう」

「これ、いきなり、どうしたんですか?」

「中村塾」の映像の視聴に使ってください。スマートフォンの小さな画面では詳細が確認できないと思いまして」

「『中村塾』の映像、って、なんですか……?」

「『中村塾』のメンバーで、中村さんのバスケをご存じでないのは、静さんの他に、北崎さん、須之内さん、池田さんの三人ですが、そのうち、北崎さんたちは既に塾に参加して、徐々に理解を深めているところですね。静さんだけが、一人、遅れている状態です」

「まあ……」

「それを補うための研究に使いたいので、映像をください、と。静さんからのリクエスト、と中村さんにお話しして、撮影しているんです。それを、お送りしますので」

「え。私、何も言ってませんけど……?」

「ゴールドメダルを狙って、アメリカに打ち勝とうと考えるなら、アメリカにいる間でもできることを、と思い付くのが自然ではないですか。そう考えて勝手に動きました」

「はあ……」

 気のない返事に締まりのない顔は、ばっちり、SO101の尋道にも届いたようだ。

「静さん。前にお話しした役得を得ていただくためには、ご自身の活躍が必須なんですよ。中村さんに対して、まだ割り切れない思いがあるのかもしれませんが、それはそれとして、真剣にやりましょう」

 ずぶりと突き刺されたような感覚だった。息をのんだ静は、反射的に頭を下げていた。

「はい。すみません」

「『中村塾』の映像ですが、中村さんが編集してくださるそうですので、お送りするまでには、少しお時間がかかりそうなんです。ご了承ください」

 やがて送られてきた映像には中村の音声が付いていた。一つ一つのプレーを中村が解説する、という形式だ。余計なことを、と舌打ちをしかけて、静は思いとどまった。真剣にやらねば、だ。また尋道に叱責されてしまう。静はタブレットに正対した。

 虚心に、虚心に、と心掛けて聞いてみると、解説は、懇切で、綿密で、明快だった。だてに全日本ヘッドコーチの肩書きを持っているわけではない、ということか。

 中村の指示に従って、コート上を動き回る塾生たちにも目を配る。

「中村塾」では武藤瞳がキャプテンに任命され、チームをまとめている、という。メンバー中では最も中村のバスケになじんでいるので、順当な選出だ。

 影の支配者ともいえる北崎春菜は、同輩の瞳をうまく補佐しているように見える。瞳に対して放った口さがない発言を、義姉の孝子に締め上げられ、親睦するよう強要されてからというもの、一気に親密の度合いを深めた、とか。……尋道に説明だけでは、事態がよくつかめなかったので、いずれ確認する必要があるだろう。

 須之内景と池田佳世は、共に「従」の人たちである。バスケットボール選手としての始まりの瞬間からして、他者の働き掛けによった景と、選手としての重大な転機を春菜の一声に頼り切っている佳世と、だ。その両者を、こちらは「主」の人たちである同い年の二人が、強力に引っ張っていた。映像でも四人の配役が見て取れる場面がちらほらとある。

 あの四人に静と美鈴が加わる。春菜と、彼女に直々の指名を受けた五人が、来たるべきユニバース出場を懸けた戦いの主軸となることは間違いない。どんなチームになるだろうか。スターティングメンバーの、一番は静。二番は美鈴。三番は春菜。五番は瞳。ここまでは確定として、四番は、景か、佳世か……。

 いや。違う。何が確定だ。とんでもない思い違いをするところだった。大学代表での春菜のプレーを忘れたのか。彼女に一番、ポイントガードを任せ、三番、スモールフォワードに佳世、四番、パワーフォワードを景、としたほうが、ぐっと平均身長が上がる。普通に考えれば、後者のラインアップが選ばれるはずだ。

 冗談ではなかった。尋道の言うとおりだった。役得を得るためには、まず静自身が光り輝かなければならない。

 ふと、気付いた。ここでも静は春菜と戦うこととなった。直接、相対するのではない。ポジション争いという間接の争いである。勝ちたい。絶対に、負けたくない。勃然として湧いてきた私利私欲の熱情に、静、くらくらするようであった。

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