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未知標  作者: 一族
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第二二三話 強風、ハロー(一五)

 結局、ちん入してきた斯波も含めた三人で、孝子の個室の検分を行うこととなった。日時は、その週の土曜日、午前九時だ。麻弥以下三人は外出中のタイミングである。

「やっぱり、海の見える丘だね。なんとなく瀟洒な気がする」

 ブロンズカラーの車を降り立った斯波のつぶやきだ。左右に首を振って、孝子たちの住む平屋を眺めている。

「瀟洒が過ぎて、困ることもあるんですよね」

「今回みたいに?」

 涼子の声に孝子はうなずいた。

「ところで、今日はペアルックじゃないんですね」

 正確にはペアルックではないのだが、何度か衣装の色味をかち合わせてしまい、そのたび、孝子になぶられている二人だった。

「斯波さん、明日、絶対に青系はやめてね、って言っておいたのさ」

 そう言った涼子は青いスエットパンツにゆったりとした白いシャツの組み合わせだ。対する斯波は、上下共黒のスエットパンツとシャツだ。

「でも、構成が同じあたりが、やっぱり、ペアルックな二人」

「そこは、仕方ないの。作業もあるかな、と思って。動きやすい格好にしましょうね、って申し合わせてあったから」

「そうだったんですね。すみません。ありがとうございます」

 早速、始まった検分で、まず斯波が指したのは孝子の電子オルガンだった。

「ああ。これが、うわさの、孝ちゃんの愛機か」

 部屋の隅に置かれた電子オルガンに寄った孝子は、その筐体を軽くたたいた。

「はい。あのとき、斯波さんにお会いしてなかったら、あのまま買い替えていたと思います」

 偶然が、三〇年前の電子オルガンの延命につながった。もはや修理もできない、とメーカーに宣告された電子オルガンを持つ孝子と、そのメーカーに勤務する友人を持つ斯波との巡り合いだ。その瞬間が、買い替えを念頭に、孝子がショールームを訪れようとしていた直前で起こったのは、誠に運命的であった。

「思い入れがある、って言ってたし。直ってよかったよ。さて。一〇帖よりは、少し大きいぐらいかな?」

「はい」

「単純に考えれば、真ん中にパーティションを置いて分けたらいいんでしょうけど。神宮寺さん。奥の引き戸はウオークインクローゼット?」

 涼子が指し示したのは、そのとおり、ウオークインクローゼットだった。

「ウオークインクローゼットのある側を神宮寺さんが使うとして、そしたら、新たに来る子のスペースを、少し広くしてもいいんじゃない?」

「そうだね。そっち側には収納もないし。ちょっとした物入れを置こうと思ったら、気持ち広めがいいかも。どうかな」

「そのウオークインクローゼット、廊下の側にも出入り口があるんですよ」

「じゃあ、いっそ、孝ちゃんは出入りをそっちでして、室内での行き来をできないようにすれば、プライバシーの保護になるね」

 三人寄れば文殊の知恵とはよく言ったものだった。次々にアイデアが生まれてくる。

 一通りの検分が終わった後は計測に移る。孝子の使っている家具を配した上で、最低、必要となる広さを導き出すべく、斯波の持参した巻き尺が大活躍である。結果、およそ一〇帖を四対六に区切ることが決まった。四が孝子だ。ウオークインクローゼットを使えるので控えめになっている。パーティションの発注は週が明けた月曜日となるので、作業はいったん終了となった。

「おかげさまでいい部屋になりそうです」

 LDKのダイニングテーブルに着いて一息だ。テーブルの上に置かれた三つのコーヒーカップからは湯気が立っている。

「どういたしまして。涼ちゃん。どれぐらいで届きそう?」

「在庫があれば、二、三日かな。まあ、平日に届いても困るでしょうし、私たちが動ける週末にしましょう」

「また手伝っていただけるんですか?」

「バスケの子たちは練習があるでしょうし。そうなるんじゃない? ねえ?」

「報酬はデートスポットの紹介でいいよ」

「やっぱりあなたは来なくていいです」

 絶妙の間合いで繰り出される、軽妙な掛け合いに、孝子はたまらず笑いだしていた。ありがたい話だし、うれしい話だ。敬愛する二人との共同作業である。間違いなく来週も楽しい時間になりそうだった。

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