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未知標  作者: 一族
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第二二二話 強風、ハロー(一四)

 池田佳世が舞浜にやってきた。「中村塾」に参加するためだ。二学期の開始まで一週間を切っていたが、一日でも早く合流したい、とやる気を見せた形である。期間中は海の見える丘に滞在する。

 開塾を明日に控えた夕食の席だった。

「そういえば」

「はい」

 箸を持つ手を止めた佳世が孝子を見た。

「去年の夏に、高校を卒業したら舞浜大、みたいな話が出てたけど。その後、何か動きはあったの?」

「はい。松波先生から各務先生に、お話をしていただきまして。推薦で取っていただけるそうです」

「そう。それはよかった。こっちでは、寮?」

「実家は鷹場(たかば)市なんですけど。電車だと、乗り換え、乗り換えで、舞浜大まで二時間ぐらいかかるみたいなんです」

 東京都鷹場市は東京都の西部に所在する市である。

「遠いね。部活が終わって、帰ると、午前さまだ」

「はい。なので、寮は確定です」

 ここで佳世はしゃきっと背筋を伸ばした。ちらちらと孝子を見てくる。

「なんだね。佳世君」

 つもりがあって口火を切ったようなものなので、孝子の返しは芝居がかっている。

「私も、こちらに置いていただけませんか?」

「ほう。たくさん食べそうだし、高くなるよ? トータルだと、寮に入るよりお金がかかっちゃうかもよ。ん?」

「知らない人ばっかりの寮に入るより一〇〇倍ましです。親に頼み込みます」

「お姉さん。待ってください。私、ずっと池田と一緒に寝なくちゃいけないんですか」

 異議ほどの強さではなかったが、春菜だ。今夜の佳世は、急場しのぎとして、春菜が主となっている四畳足らずの和室で寝ることになっていた。

 ……いくらなんでも、体格のいい二人を、いつまでも狭小の間に押し込んでおけるものか。腹案のあった孝子は、先走られて、かちんときた。

「安心して。ずっとどころか、今日から一緒じゃないよ」

 立ち上がった孝子は和室に突っ込むと、押し入れを開け放ち、布団一式を引っ張り出した。一息に抱え込もうとしたところで、麻弥に止められる。

「怒るなって。……春菜も。夏に静と那美が遊びに来たとき、こいつ、お前に部屋を譲っただろ。長くなるなら、ちゃんと考えるよ。一時のこと、ってわかるだろうが。もう……。おとといぐらいから、ずっとぎすぎすして。いい加減にしろ!」

 めったにない麻弥の怒声である。孝子は即座に矛を収め、春菜は深々と頭を下げた。風雲は嵐に変ずることなく済んだようだ。

 翌日の昼下がり、孝子は舞浜大学千鶴キャンパスに向かった。車は麻弥が春菜と佳世を送迎するために使っていたので徒歩と電車だ。カラーズのパーチェシング・マネージャーこと風谷涼子に会うためだった。夏季休暇に入って以降の無沙汰をわびるとともに、あるものの購入相談に乗ってもらおうと考えて、である。あるものはパーティションだ。海の見える丘の住まいで、最も広い自室を区切って、そこに佳世を迎えようというのだ。

 舞浜大学千鶴キャンパス学協北ショップに入ると、涼子は奥の机に陣取って、書き物の最中であった。店内に客の姿はない。

「真面目だ」

「当然。今日は、補講?」

「いえ。パーチェシング・マネージャーに仕入れていただきたいものがあって」

「伺いましょう」

 孝子の事情と意向を聞いた涼子はノートパソコンの前に着いた。

「……小娘」

「なんでしょう」

「ここに書いてある数字って、正確?」

 孝子が持ち込んだフリーハンドによる平面図を見ての問いだった。書き込まれている数字が、あまりにもアバウトなので、気になった、らしい。間口は四メートル、奥行きが五メートルとなっているが、もう少し小数点以下に、何か、あるのではないか、だ。

「いいえ。だいたいです」

「この数字を参考に発注したら、とんでもないことにならない?」

「え? 正確な数字を測るために、うちにいらっしゃる、ですって?」

「まさか、そのつもりで、これを?」

「まさか。私が雑なだけです」

「左様か。行くなら土日だけど、せっかくのお休みの日に、お邪魔じゃないかしら」

「土日の朝なら誰もいませんよ」

「中村塾」では学生である春菜、景、佳世の事情に配慮して、週末の二日間をコアタイムならぬコアデーと定めている。多忙な平日の活動を最小限にとどめるための措置だった。その分、週末は朝一からみっしりやることになる。ここで麻弥に送迎を頼めば無人が完成だ。

「そうね……」

 腕組みをしていた涼子が、口を開きかけたとき、だった。

「やあ。珍しい。今日は、補講、なかったよね? カラーズの関係かな?」

 斯波遼太郎が北ショップにやってきた。

「お久しぶりです。はい。カラーズの関係で」

 再度、孝子は事情と意向を説明した。

「なるほど。僕も一肌脱いだほうがよさそうだね」

「脱がなくていいです。缶コーヒーとパンを買ったら出ていってください」

「随分と邪険にされてますけど。怒らせたんですか?」

「怒らせてないよ。照れてる。二人のときは、それは甘々で」

「出ていけ」

 二人の仲は相変わらずで順調なようだ。孝子はにんまりとしていた。このやりとりを目撃できただけでも、今日は出向いてきたかいがあった、というものだ。

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