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未知標  作者: 一族
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第二二一話 強風、ハロー(一三)

 ゴールドメダルを狙うチャンス、とか。

 春菜との共闘で、その神髄に触れるチャンス、とか。

 アーティ、シェリル、アリソンらと勝負できるチャンス、とか。

 景が日の目を見る、とか。

 言われてみれば、もっともなことばかりだったが、どれも静の初出ではない。静が「中村塾」への参加を決めたのは、塾への参加を打診してきた「両輪」が示した役得のためであった。景からの一報で知った中村全日本のゴールドメダル奪取計画に、自分も加えられていると知ったときの、いらいら、もやもやは、この役得の存在で晴れた、といっていい。実に四つの理由は、役得をカムフラージュするため、みさとと尋道が考案してくれたものだったのである。

 二人が真っ先に言ってきたのは、どのような決断を下そうと、カラーズが神宮寺静をサポートするために設立された組織であることは、絶対に不変、だ。

「……そんなこと言われたら、断れませんよ」

 勝負手を打たれた、と最初は思った静だった。断っても構わないの言外には、断られては困るの含みがあるはずなのだ。自分のために粉骨砕身してくれている、カラーズの人たちの意向を裏切ることは、許されるはずがなかった。既に詰んでいる。

「いえ。僕たちもエンジェルスと全日本の練習試合は見てるんですよ。あそこまで憎い人と一緒だなんて、それは嫌でしょう」

 グループ通話で、そう言ったのは郷本尋道だ。

「あの子は中村って人を推す気満々みたいだし、カラーズとしては、ある程度、肩入れしなくちゃいけなくなるとは思う。でも、あっちにはハルちゃんがいるし、十分に手は足りてるでしょ。私たちは静ちゃん専属でいくよ」

 尋道の隣にいるというみさとも乗ってくる。二人がいるのはSO101だ。午後にある「中村塾」の打ち合わせを前に交わされている会話だった。

「だいたい、バスケの現場でやることじゃん? 出る幕なさそうだよ。私は、自分の思うがままに腕を振るいたいんだよね。『中村塾』では使い走りかな。冗談じゃないよ」

 そうだろうか。カラーズの生みの親であるこの人なら、例えば、環境の構築といったあたりから徐々に主導権を握っていって、最終的には全てを掌握しそうだった。遠慮せずに、その手腕を振るってくれていい。

「……静さん。どうあっても参加してくださるようですね」

 妙な言い草ではないか。静は失笑していた。

「なんだか、参加されたら困るみたい」

「困りはしませんが、申し訳ないんですよ。僕たちへの義理立てなんていりません。本当に」

「少し時間を空けようか。参加するにしたって、LBAのシーズンが終わった後だし」

「いえ。いつまでもこんなこと考えていたくないです。行きます。これでいいでしょう!」

 語尾がきつくなった。はっとした静は頭を下げた。音声だけのグループ通話ではわかるはずもないのだが。

「……わかりました。では、最後に、役得のお話をさせてください」

「役得……?」

「『中村塾』に参加することで静ちゃんのプラスになることを挙げていくよ。少しでも気が楽になればいいんだけど」

 何を言い出すのだ。静が黙っていると続きが来た。

「ぶしつけな話で、ごめんね。不愉快だったら、すぐによすよ。……雪吹君とは、最近、どう?」

「……は?」

「雪吹君を、ね。高鷲重工に送り込めるんじゃないか、って考えてるんだ。私たち」

 静と彰の交際は順調だ。二人の将来について、ぽつぽつと語り合うこともある。その相手を、日本が世界に誇る大企業に? 興味深い話だった。静は固唾をのんでみさとの話の続きを待った。

 みさとが言ってきたのは「中村塾」の活動を通じて、彰の立身を「両輪」が推していく、というものだ。今回の件に関わる大物三人が、彰の先輩に当たると気付いた尋道の発案だった。全日本女子バスケットボールチームヘッドコーチの中村憲彦、日本バスケットボール連盟会長の黒須貴一、高鷲重工アストロノーツ部長の木村忠則、いずれもが桜田大学男子バスケットボール部のOBなのだ。

「中村塾」に協力するといって、カラーズの大多数が、みさとの言ったとおり、使い走りにしかならない連中である。バスケットボール経験者の彰に主軸として動いてもらうことになろう。指導者志望の彼にとっては素晴らしい学びの場となるに違いない。また、そこからは彰の働きぶりや「中村塾」の成果次第だが、大物連の後輩という立場を考えれば、次につながる可能性は十分にあった。次とは、全日本スタッフ入りを経由した高鷲重工入りだ。

「雪吹君は具体的に、どれぐらいの年齢層の指導を望んでるんだろうね? 知ってる?」

「希望は高校生らしいです」

「やめとこ? 先生とか大変だよ? 私立か公立か、にもよるだろうけど、部活を熱心に教えて、その上、校務も、なんてやってたら、家に帰ってくるの寝るときだけになりかねないよ」

 みさとは続ける。

「私、高校のとき、テニス部だったんだけど、顧問の先生、愚痴ばっかだったからね。時間がない、手当もない、って。まあ、無理もない。公立は基本的にボランティアなんだよ、部活。休日なんかは手当も付くけど、それもすずめの涙で。そりゃあ、愚痴も言いたくなる。雪吹君には、アストロノーツを狙ってもらおうよ。ね?」

「ぶしつけを通り越して、差し出がましくなってきてますが、教員が激務なのは事実ですので。時機を見計らって、そのあたりは、お二人で話し合われるのがよろしいでしょう」

「はい」

 彰については、ここまで、となった。静の今後についても話がある、と二人は言うのだ。オフシーズンについて、だった。冬はヨーロッパに出向き、腕を磨く、と計画を練っているのは美鈴だが、静も彼女に倣うか。それとも、日本に戻って、トレーニングを積む、あるいは、チームに所属する、か。

「今の静ちゃんなら、どのチームだって、諸手を挙げて歓迎してくれると思うんだけど、やっぱり、アストロノーツだよね。地元だし。強いし」

「ただ、問題もありまして。中村さんは任期を全うするのと同時に黒須さんに引き上げられるでしょう。おそらく、アストロノーツのヘッドコーチに就かれるのではないか、と」

「また中村さんか、だよね。それに、中村さんの年齢を考えると雪吹彰ヘッドコーチ体制で静ちゃんがプレーするのは難しそう。悩ましい。……その代わり、でもないけど、アストロノーツには高遠さんがいるね」

「いずれ、須之内さんと伊澤さんも入ってくるんじゃないですか? 能力は十分ですし、あの『神奈川の奇跡』の四人が再集結となれば、話題性もあります」

 静を口説き落とすため、周到に「両輪」が準備してきたであろう攻め手の前に、静は陥落した。だが、一敗地にまみれた感覚はない。言うなれば、ふかふかのベッドの上に、そっと寝かしつけられたようなものだ。その上、枕元には豪華な睡眠補助器まであった。役得の存在を糊塗するための四つの理由やら。嫌いなおかずは最初に、という表現で、手配する、と言われた中村との面談の模範解答やら。至れり尽くせりで、否やなどない。

 以上が、静の「中村塾」参加にまつわる顛末であった。

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