表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未知標  作者: 一族
220/745

第二一九話 強風、ハロー(一一)

 翌日の正午前だ。高鷲重工本社正門前のロータリーには、孝子と麻弥の姿があった。壁際にべったりと寄っている。わずかな日陰に収まって、暑気をしのごうとしているのだ。

「ばかだった。どうして、ここを待ち合わせ場所に指定したんだろう。新舞浜駅の構内で、って言えばよかったんだ」

 八月も末とはいえ、まだまだ真夏日の連続である。二人は汗みずくとなっていた。

「本当だよ」

「止めてよ」

「無理。私も、そこまで頭が回ってなかった」

「使えない女」

「お前もだろうが」

 使えない女同士がののしり合っていると、みさと、尋道、彰がそろって現れた。

「おう。来たか」

「彰君。久しぶり」

「はい。ご無沙汰してました」

「……そうだ。向こうは、どうなった?」

 あいさつの交換が途切れたのを見計らって、麻弥はみさとに声を掛けた。

「まとまったよん。市井さんと静ちゃん、須之内さんも来る」

「もう……?」

 麻弥はうめいていた。昨日の今日である。いくらなんでも早過ぎた。

「当たり前じゃん。カラーズの『両輪』をなめるなよ。午前中で、ぱぱっと片付けておいたわ」

「言ったでしょう。この手のことは二人に任せておけば間違いないんだよ」

 隣では孝子が威張っている。

「よし。そろったところで、中に入ろう」

 五人は正門脇の保安センターに入り、入構手続きを済ませた。構内に入って、目指すのは広大な駐車場の、その先にある巨大な体育館である。

「おお。すごいな。やっぱり高鷲重工の関係者は高鷲重工の車に乗るんだな」

 ずらりと並んだ壮観に、車好きの麻弥はつぶやいていた。

「そりゃ、そうでしょうよ、と言いたいんだけど。大前提として、私には重工の車かどうかすらわからない。……ああ。エンブレムとか見てるのか」

 応じたのは、みさとだ。

「見なくてもわかる」

「……あんたも、こういうのに詳しかったりするの?」

 みさとの顔が孝子に向けられた。

「全然。私はマニュアルを運転するのが好きなだけ。車の見分けは斎藤さんと同じくらいへっぽこだよ」

「それが普通の女子よ。あいつがおかしい」

「何を……あ!」

 体育館のエントランスそばだ。関係者用の駐車スペースにとめられた黒塗りの車に麻弥は駆け寄った。

「THI-FSだ。初めて見た。重工のフラッグシップ。御料車のベース」

「……あいつ、なんで車に、あんな興奮できるの?」

「さあ。でも、そういう車だったんだね。納得した。それ、例の、黒須って人の車」

「重工さんの大立者ですからね。お乗りになっていても不思議ではないでしょう。……この中、勝手に入ってもいいんですか?」

 暑さにげんなりとしている尋道はエントランスの前に立っている。

「麻弥ちゃん。おはるに言ったらいいの? 着いた、って」

「ああ。電話する」

 麻弥が発信した瞬間だ。春菜の応答は早かった。待ち構えていたのだろう。来訪を告げるや、エントランスから出てくるまでも、これまた早い。

「……お姉さん!」

 孝子は肉薄した春菜を無視すると、続いて出てきた一団の前に立った。ジャージー姿の女性が一人と、スーツ姿の男性が三人だ。

「黒須さま。昨日は、私の思い違いで、大変、失礼を致しました。どうぞ、お許しくださいませ」

「ああ。いや。それは俺のせりふだ。中村にも言われたよ。俺ぐらいの年のものが、あんなにがつがつしていては、それは勘違いもされる、とね。申し訳なかった」

 互いのわびが済んだ後だった。孝子の視線が傍らでたたずんでいた春菜に向かった。

「おはる。余計なことを言って。おかげで、下げなくてもいい頭を下げることになったよ。成敗してやる」

「あっ。お姉さん。ご無体な」

 組み付いてきた孝子を受け止めて、春菜は、ほっとした表情である。まだ怒っていたか、と肝を冷やした麻弥だったが、どうやら順序立ての問題だったようだ。確かに、身内の春菜よりも、黒須への謝罪を優先するべきだった。

「雪吹君」

 みさとが声を上げた。

「やつらは放っておくとして、この中だと皆さんをよくご存じなのは、雪吹君だよね。紹介して!」

「はい。……自分は桜田(さくらだ)大学男子バスケットボール部で学生コーチを務めております、雪吹彰といいます。カラーズ合同会社の皆さんを紹介させていただきます」

 進み出た彰が三人を順番に紹介していった。その過程でわかったことだが、三人のスーツの男性、中村憲彦、黒須貴一、木村忠則は、いずれも桜田大学男子バスケットボール部のOBであった。事前の調査で把握していたみさとの機転だったのだ。

 そんなこととは関係なく、傍らでは、孝子と春菜の攻防が続いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ