第二〇四話 きざし(二六)
カラーズ「旅行社」提供によるLBA応援ツアーの一行が、アメリカはレザネフォルを訪れたのは、盆前のことだった。この日取りは、全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会の閉会後を狙って定められた。参加者のうち、鶴ヶ丘高校女子バスケットボール部に関わる人たちは好成績を収めるが故に、このころにならなければ身動きが取れないだろう、と予想した上で組まれた今回のツアーであった。果たして成り行きはカラーズ「旅行社」の想定どおりとなった。鶴ヶ丘高校女子バスケ部は大会の最終日まで勝ち残って、準優勝という結果を残している。
最終的なツアーの参加者は一二人だ。最大人数から六人が減った。
一二人の動静の前に、不参加の六人について触れておく。
孝子は、アメリカでの食事の不安を理由に、ツアーへの参加を断った。アルコールと塩に強い拒絶反応を示す体質の孝子である。今回の場合は特に塩だった。周囲も、ハンバーガー、ピザ、といったあたりが真っ先に浮かんでくるアメリカ料理を考慮に入れれば、やむなしと認めるしかない。
「えー。ケイちゃんも行こうよー」
大勢の旅行で浮き浮きが止まらない様子の那美が孝子に明るく絡んだものだ。
「自分で料理できるところに泊まって作ったらいいよ」
「旅先でまで家事なんてしたくない」
「お母さんにやってもらえばいい」
「旅先でまで迷惑を掛けたくない。なんと言われたって私は行かない」
医師の隆行と美咲は、長期の休みを取得できない、という事情から無念の不参加となった。
時差への対応が苦痛、と述べてカラーズ「旅行社」代表の斎藤みさとをずっこけさせたのは尋道だ。
「なんだよー。それ」
「お聞きのとおりです。睡眠時間の調整とか、冗談じゃありません」
尋道が睡眠不足に極端に弱い、と熟知しているのは誰あろうみさとである。二度ほど大迷惑を掛けているだけに、しつこく勧誘もできなかった。
高遠祥子と長沢美馬は、前者が内定先への会社訪問のために、後者は、その付き添いのために、レザネフォルへは行けぬこととなった。
以上にて話をツアーの参加者側に戻す。
正午前の便でレザネフォル国際空港に到着した一二人は、待ち構えていたエディに、LASUそばの、石造りの外観が特徴的な建物へと案内された。
「おお! ここがうわさの『Jenny's』ですね!」
「Jenny's」は、アーティの母、ジェニーがプロデュースするレストランだ。チャーターバスを飛び出したみさとが、エディに断ってスマートフォンを店に向ける。建物の壁面に刻まれている「Jenny's」の文字をみさとが接写していると、横の扉からミューア夫妻が姿を見せた。この日、静とアーティは遠征しており、夫妻が成り代わって一行を歓待するという話だ。
「Jenny's」の売りは、シニアを四六歳までプロフェッショナルとして活躍せしめたジェニーの知見である。提供される食事は、スポーツ栄養学に基づいて計算し尽くされた、アスリート食、とでも呼ぶべきものばかりだ。信奉者も多く、近隣のプロフェッショナルには、一年の食事を全て「Jenny's」で取る者もいるそうな。シェリルがミューア家の人たちと知り合ったのも、「Jenny's」で開催されるジェニーの栄養講座を受講したことがきっかけであった。
簡素な装飾の店内は、昼時のにぎわいの真っただ中にあった。体型の整った者ばかりで埋まっている客席は、この店の性質をよく表しているといえただろう。
奥まったスペースの予約席に通されてからは、みさとと那美が騒がしい。この日のために磨いてきた英語で、シニアとジェニーとの交流を楽しんでいるのだ。そこに、少し心得のある各務と野中、相良も加わって英語話者たちは和気あいあいである。
一方の日本話者たちは、というと、こちらはエディが騒がしい。上は博、下はまどか、と幅広い年齢層の日本人たちを相手に、思う存分のおしゃべりを満喫している。
食事の後、一行は二手に分かれることになっていた。レザネフォルに居残ってホテルにチェックインする者たちと、サラマンドへ向かう者たちと、にである。今回のツアー中、レザネフォル・エンジェルスとサラマンド・ミーティアの対戦はホーム、アウェーにかかわらずなく、また、ミーティアはホームゲームが、この日のみという日程だ。多少、ずらしたところで、今度はエンジェルスがアウェーの連戦に旅立ってしまう。強行軍も致し方なしの状況であったわけになる。
「じゃあ、ダッド、マム。後は頼んだよ」
「ああ」
「ジュニア。道中、気を付けて」
サラマンド行の引率者はエディだ。この日のために手配したという小山のようなSUVの前で親子が語らっている。
「運転にうつつを抜かさないで、しっかり取材してくるのよ」
みさとが麻弥の肩をたたいた。麻弥は、機会があれば左ハンドルの右側通行を体験したい、と国外運転免許証を取得していた。市街地を抜けたら交代してもらえるとかで目を輝かせている。
「大丈夫。任せとけ。じゃあな」
サラマンド行に参加する、春菜、各務、景、まどか、野中、相良らは既にSUVの車内だ。麻弥が乗り込んですぐに車が動きだす。見送りを済ませた居残り組は、今度は自分たちがミューア夫妻の見送りを受け、待機していたチャーターバスでホテルへと向かった。初日の今日は、まずは静養する。投宿先の「LASUフロント」は、半年前、静がLBAのセレクションを受験すべく渡米したときに宿泊したホテルである。




