第二〇三話 きざし(二五)
サラマンド・ミーティアのホームアリーナ「トリニティ・センター」では、試合開始を間近に控えた選手たちが、ウオーミングアップにいそしんでいた。エンジェルスの白いジャージーに身を包んだ静も、スリーポイントシュートを打ち込む美鈴に、せっせとボールを送っている。美鈴はミーティアの白いジャージーだ。今回のオールスターゲームで淡色系のウエアをまとうのは「Team Muir」である。
前夜のドラフトは、アーティの完勝といっていい内容となった。一位にシェリル、二位に美鈴、三位に静、と自らのお気に入りたちを総取りしたのだ。得票数一位のアーティは、奇数番で選手を指名する。一位のシェリルは当然として、そこからがアーティの腕の見せどころだった。
アリーは全体の二位、「Team Price」の一位にロザリンド・スプリングスのグレース・オーリーを選んだ。シェリルに伍するセンタープレーヤーであるグレースの指名は、アーティの想定どおりだった。続く「Team Muir」の二位には美鈴が選ばれた。大いに迷っている、ふり、をしつつ、最終的には、美鈴のロングレンジの強さを買ったのだ、というアーティの様子を、アリソンは疑わなかったようである。
「あそこで勝ち誇ってたら、嫌がらせにスーを持っていかれたわ! アリーは、そういう女よ!」
アリソンが二人目としてシエル・エアロズの徐明霞を指名した瞬間、アーティの笑顔がはじけた。アリソンの声にかぶせるようにして、
「スー。次はスーね」
と叫び、隣のアリソンを指しながら、
「ミスは返してもらったわ! これが本当だったのよ! 思い知れ、盗人!」
である。……期待以上のハプニングに「ライブ・ドラフト」を立案したLBAコミッショナーのアビー・ドーソンは、笑いが止まらなかったそうな。
さて。
「次はスーちゃんも出ろよ」
シュートの手を休めた美鈴が、静を手招きした。なんの次かといえば、オールスターゲームの前座として行われたスリーポイントシュートコンテストの次、だ。優勝者のお言葉である。
「無理ですよー」
ロングレンジは、苦手ではないが、得意というほどでもない。静の自己評価だ。
「スーちゃん、割と外もうまいのに、あんまり打たないよね。まあ、強烈な人たちがいるし、まずは二人に、っていう考えもわかるけど。パスばっかりだと、守りやすいよ」
「…………」
「私たちは、ここでは身体的に弱者だからね。いろんなことをこなせないと。身長と体重以外で、あいつらに勝ってるものはない、って大女どもに思わせるのだよ」
アーティ、シェリルの二枚看板を、まずは生かすこと。これを主眼としている向きが、確かに静にはある。その点への美鈴の戒めだった。選択肢を多く持つことは、それだけ相手に迷いの種を多く植え付けることにつながる。大いにうなずける美鈴の言である。
「……ですね。もっといろいろとやらないと。『エクス・マーキナー』にも通じない、かな」
「マーキナー……?」
「シェリルが春菜さんことを、そう呼んでたんです。機械みたいに正確だ、って」
「ああ……。こっちの人のニックネームのセンスって、やっぱり、違うよね。『エクス・マーキナー』か……。なんか、かっこいいじゃない。生意気な」
「美鈴さんには『Myth』があるじゃないですか」
「名前とかぶってて、いまいち、ニックネーム感がない、って、最近、思うようになってきた」
腕組みの美鈴は、目を閉じて、しばしの沈思である。
「……春菜は、いつ、こっちに来るかな」
「え……?」
「まさか、あれだけ私たちをあおっておいて、来ないとかないでしょ」
「大学を出て? だから、三年後?」
「だいぶ先じゃん。……まあ、でも、今、当たっても勝てないだろうなあ」
「はい。……ああ、そうだ。美鈴さんの言ってる、来る、とは違いますけど。夏休みに、多分、こっちに来ますよ」
「うん?」
「家族が応援に来る予定なんですけど、カラーズがプランを立ててるので。一緒に」
「……スーちゃんや。その人たちは、サラマンドまで来てくれるんだろうね?」
「……さあ?」
突如、組み付いてきた美鈴にくすぐられて、静は悲鳴を上げる。
「そもそも、なんでオールスターを誰も見に来ないんだよ!」
「プランを立ててる段階だと、私たちが選ばれるか、わかってなかったですし」
「来なかったこと、絶対に後悔させてやろうな!」
「はい!」
言葉どおりに静と美鈴は魅した。開幕戦以来となるトリプルダブルを、オールスターの舞台で達成した静。背番号と同じ一一本のスリーポイントを決めてみせた美鈴。それぞれのチームで、押しも押されもせぬ一番人気のアーティとアリソンも、静と美鈴の充実の前に、引き立て役に回るしかなかった。それほど鋭く、切れ味のある、この日の二人のプレーだったのだ。




